「もう…、嫌っ!」
私は、こぼれ落ちる涙を手の甲でぬぐった。
すると、ますます涙があふれ出る。
鼻水まで出てきた。
「うぅ…止まらへんっ——!」
——バンっ!!
私は、耐えられなくなって包丁をまな板の上に叩きつけた。
そこには、奴がいる。
そう…『タマネギ』だ!
「くそぉ…手の甲にも、タマネギの汁が飛んでたんや」
私は作業をやめ、手をくまなく洗い、顔まで洗った。
そして、台所から離れた。
「やっぱ、私には無理」
私は、やりかけの料理を放り投げ、ソファに倒れこんだ。
テレビを付けると、街頭インタビューの様子が流れてきた。
『お話聞かせてください!恋人に求める第一条件はなんですか?』
『ん~そうだなぁ~、ご飯作れる人かな!』
知らない男性が、ニヤニヤしながら答えている。
「なぁんで、女やからって作れなあかんねん!」
タマネギに目をやられてイラついていた私は、暴言を吐いてチャンネルを変えた。
『〇〇のオシャレクッキング~!』
今度は、意識高い系の女性が、きらびやかな料理を披露している。
「え?なに?完成させるだけで大変やのに、見栄えもキレイにしなあかんの!?」
誰もそんなことは言っていないが、その時の私のメンタルではそう感じてしまった。
テレビも面白くないや…と思った私は、リモコンの『切』ボタンを押した。
私は、料理が嫌いだ。
——嫌いな女子がいたってよくない!?
そう思っているのに、口にするのは許されない風潮がある。
同世代の男性からは、
「かずはちゃんの得意料理って、なに~?」
と、料理ができる前提の質問をされる。
年上女性からは、
「料理くらい出来ないと、いい人捕まえられへんよぉ~!」
と、言われる。
そんなに必須条件なら、学校の授業でもっと徹底的にやってほしいものだ。
ネイルが好きな私は、少し伸ばした爪に水色のマニキュアを塗っていた。
その爪を見た親戚のおじさんが、
「おまえ、料理せーへんやろ?」
と、言ってくる。
——はぁ!?その通りやけど、わざわざそれ言う?絶対、男には言わんよね!?
周りから投げつけられる、固定概念のカタマリ。
それらが積み重なり、
「女やのに料理が嫌いって、私おかしいんかな?でもやっぱり好きになれへんし…」
と葛藤にさいなまれ、生きにくく感じていた。
専門学校に入学した私は、そこである人と出会う。
彼女はある日突然、独特の沖縄なまりで私に話しかけてきた。
「かぁずぅはぁー!これ、沖縄のおみやげ。食べて食べてー!」
そう言って、『さーたーあんだぎー』と『ミミガージャーキー』を私の机に置いた。
——な…なんじゃこりゃあ!?ほんで、いきなり呼び捨て!?
関西人の私には、馴染みのない食べ物。
何より、彼女の人に対する距離間の近さに、驚きを隠せなかった。
「食べられそうだったら食べてー!無理しなくていいからね~」
と言いながら、彼女はまた別の人に食べ物を配りに行った。
彼女の名前は、『しょうちゃん』。
私は、一瞬で『しょうちゃん』のトリコになった。
他人に与えながらも押し付けない、その人柄に一気に興味を持った。
戸惑いはしたが、下の名前で呼び捨てにされたことで、一気に心の距離が縮まったようだ。
私は、暇があればしょうちゃんの家へ行った。
ドラマを見たり、おしゃべりをしたり、時には授業をサボったり…。
私たちは、仲良しになった。
ある日の授業後、しょうちゃんと一緒に帰ろうと彼女の背中を追いかけた。
私が追いつくなり、彼女が言う。
「かずは、おなか減ったでしょー?」
「そやなぁ、どこか食べに行く?」
と、私は返した。
「ううん。ご飯作るから、食べていけばいいさぁ~!」
なんと、彼女は手料理をごちそうしてくれるという。
今日も一日授業だったし、疲れているだろうに…。
「いいよ、いいよ!料理って大変やん!?」
「大丈夫さぁ~!簡単なものしか作らないから~」
しょうちゃんが自炊をしていることは知っていたが、2人分となると訳が違うのではないか?
——でも…料理嫌いの私が、手伝ったところで役に立てるんか!?
私は心の中で自問自答し、彼女の家に入ってからも台所付近でオロオロしていた。
すると、しょうちゃんが不審そうに、
「何してるのぉ?」
と言った。
——変に思われてる!?嫌や…しょうちゃんに嫌われたくない!
「な…何か、手伝えることある?」
私は、嫌われたくない一心で、そう言った。
すると、驚く言葉が返ってきた。
「かずは料理嫌いでしょー?やらなくていいさぁ~!テレビでも見てなぁ~」
——え…やらなくていいの…?
ふわっ——!
その瞬間、私の心が一気に軽くなった。
しょうちゃんは、『料理嫌いな私』も込みで、友達でいてくれているのだ。
「出来たよー!食べよー!」
しょうちゃんが、私の目の前のテーブルに料理を並べてくれた。
ハンバーグとお味噌汁と白ごはん。
出来立てほやほやで、湯気がたっている。
溢れ出るハンバーグの肉汁、ツヤツヤのごはんに、キラキラのお味噌汁。
——ぐぅ。
見ているだけで、お腹が鳴った。
一口食べる。
ぱぁぁぁぁ——!
体中に、エネルギーが満ち溢れるようだった。
——五臓六腑に染みわたるぅぅぅ。
しょうちゃんが作ってくれる料理は、美味しいだけじゃなく、食べるたびに元気になれた。
なぜだろうか?
それはきっと、
「料理が嫌いなら、やらなくていい」
と、肯定してくれたからだろう。
彼女の料理で、私の中の固定概念のカタマリが、少しずつ分解されていく感覚——。
ずんっ——と、居座っていた重いものがなくなると、
「料理…私も、やってみようかな…?」
と思える、心の余裕が出来たのだった。
あれから15年。
今では私の料理スキルも、毎日夫に食事を作れるほどに成長した。
でも、やっぱり『好き』ではない。
それでいい。
——嫌やなぁ。
と億劫になるたび、しょうちゃんの声がよみがえる。
「かぁずぅはぁ~、やらなくていいさぁ~!」
私にとって、心が軽くなる魔法の言葉。
これで、頑張れる。
しょうちゃん、ずーっとずっと…ありがとね。