私の中に居座るもの

2026.03.09
人間関係

「もう…、嫌っ!」

 

私は、こぼれ落ちる涙を手の甲でぬぐった。

すると、ますます涙があふれ出る。

鼻水まで出てきた。

 

「うぅ…止まらへんっ——!」

 

——バンっ!!

 

私は、耐えられなくなって包丁をまな板の上に叩きつけた。

そこには、奴がいる。

 

そう…『タマネギ』だ!

 

「くそぉ…手の甲にも、タマネギの汁が飛んでたんや」

 

私は作業をやめ、手をくまなく洗い、顔まで洗った。

そして、台所から離れた。

 

「やっぱ、私には無理」

 

私は、やりかけの料理を放り投げ、ソファに倒れこんだ。

テレビを付けると、街頭インタビューの様子が流れてきた。

 

『お話聞かせてください!恋人に求める第一条件はなんですか?』

『ん~そうだなぁ~、ご飯作れる人かな!』

 

知らない男性が、ニヤニヤしながら答えている。

 

「なぁんで、女やからって作れなあかんねん!」

 

タマネギに目をやられてイラついていた私は、暴言を吐いてチャンネルを変えた。

 

『〇〇のオシャレクッキング~!』

 

今度は、意識高い系の女性が、きらびやかな料理を披露している。

 

「え?なに?完成させるだけで大変やのに、見栄えもキレイにしなあかんの!?」

 

誰もそんなことは言っていないが、その時の私のメンタルではそう感じてしまった。

テレビも面白くないや…と思った私は、リモコンの『切』ボタンを押した。

 

 

私は、料理が嫌いだ。

 

——嫌いな女子がいたってよくない!?

 

そう思っているのに、口にするのは許されない風潮がある。

 

同世代の男性からは、

 

「かずはちゃんの得意料理って、なに~?」

 

と、料理ができる前提の質問をされる。

年上女性からは、

 

「料理くらい出来ないと、いい人捕まえられへんよぉ~!」

 

と、言われる。

そんなに必須条件なら、学校の授業でもっと徹底的にやってほしいものだ。

 

ネイルが好きな私は、少し伸ばした爪に水色のマニキュアを塗っていた。

その爪を見た親戚のおじさんが、

 

「おまえ、料理せーへんやろ?」

 

と、言ってくる。

 

——はぁ!?その通りやけど、わざわざそれ言う?絶対、男には言わんよね!?

 

周りから投げつけられる、固定概念のカタマリ。

それらが積み重なり、

 

「女やのに料理が嫌いって、私おかしいんかな?でもやっぱり好きになれへんし…」

 

と葛藤にさいなまれ、生きにくく感じていた。

 

 

専門学校に入学した私は、そこである人と出会う。

彼女はある日突然、独特の沖縄なまりで私に話しかけてきた。

 

「かぁずぅはぁー!これ、沖縄のおみやげ。食べて食べてー!」

 

そう言って、『さーたーあんだぎー』と『ミミガージャーキー』を私の机に置いた。

 

——な…なんじゃこりゃあ!?ほんで、いきなり呼び捨て!?

 

関西人の私には、馴染みのない食べ物。

何より、彼女の人に対する距離間の近さに、驚きを隠せなかった。

 

「食べられそうだったら食べてー!無理しなくていいからね~」

 

と言いながら、彼女はまた別の人に食べ物を配りに行った。

 

彼女の名前は、『しょうちゃん』。

 

私は、一瞬で『しょうちゃん』のトリコになった。

他人に与えながらも押し付けない、その人柄に一気に興味を持った。

戸惑いはしたが、下の名前で呼び捨てにされたことで、一気に心の距離が縮まったようだ。

 

私は、暇があればしょうちゃんの家へ行った。

ドラマを見たり、おしゃべりをしたり、時には授業をサボったり…。

私たちは、仲良しになった。

 

ある日の授業後、しょうちゃんと一緒に帰ろうと彼女の背中を追いかけた。

私が追いつくなり、彼女が言う。

 

「かずは、おなか減ったでしょー?」

「そやなぁ、どこか食べに行く?」

 

と、私は返した。

 

「ううん。ご飯作るから、食べていけばいいさぁ~!」

 

なんと、彼女は手料理をごちそうしてくれるという。

今日も一日授業だったし、疲れているだろうに…。

 

「いいよ、いいよ!料理って大変やん!?」

「大丈夫さぁ~!簡単なものしか作らないから~」

 

しょうちゃんが自炊をしていることは知っていたが、2人分となると訳が違うのではないか?

 

——でも…料理嫌いの私が、手伝ったところで役に立てるんか!?

 

私は心の中で自問自答し、彼女の家に入ってからも台所付近でオロオロしていた。

すると、しょうちゃんが不審そうに、

 

「何してるのぉ?」

 

と言った。

 

——変に思われてる!?嫌や…しょうちゃんに嫌われたくない!

 

「な…何か、手伝えることある?」

 

私は、嫌われたくない一心で、そう言った。

すると、驚く言葉が返ってきた。

 

「かずは料理嫌いでしょー?やらなくていいさぁ~!テレビでも見てなぁ~」

 

——え…やらなくていいの…?

 

 

ふわっ——!

 

 

その瞬間、私の心が一気に軽くなった。

しょうちゃんは、『料理嫌いな私』も込みで、友達でいてくれているのだ。

 

「出来たよー!食べよー!」

 

しょうちゃんが、私の目の前のテーブルに料理を並べてくれた。

 

 

ハンバーグとお味噌汁と白ごはん。

 

 

出来立てほやほやで、湯気がたっている。

溢れ出るハンバーグの肉汁、ツヤツヤのごはんに、キラキラのお味噌汁。

 

——ぐぅ。

 

見ているだけで、お腹が鳴った。

一口食べる。

 

 

ぱぁぁぁぁ——!

 

 

体中に、エネルギーが満ち溢れるようだった。

 

——五臓六腑に染みわたるぅぅぅ。

 

しょうちゃんが作ってくれる料理は、美味しいだけじゃなく、食べるたびに元気になれた。

なぜだろうか?

それはきっと、

 

「料理が嫌いなら、やらなくていい」

 

と、肯定してくれたからだろう。

彼女の料理で、私の中の固定概念のカタマリが、少しずつ分解されていく感覚——。

ずんっ——と、居座っていた重いものがなくなると、

 

「料理…私も、やってみようかな…?」

 

と思える、心の余裕が出来たのだった。

 

 

あれから15年。

今では私の料理スキルも、毎日夫に食事を作れるほどに成長した。

でも、やっぱり『好き』ではない。

それでいい。

 

——嫌やなぁ。

 

と億劫になるたび、しょうちゃんの声がよみがえる。

 

「かぁずぅはぁ~、やらなくていいさぁ~!」

 

私にとって、心が軽くなる魔法の言葉。

これで、頑張れる。

 

しょうちゃん、ずーっとずっと…ありがとね。

元派遣社員の主婦ライター

夫と2人暮らし。ゆくゆくはネコとの同居を思案中…。 温泉と美味しい食べ物とお酒を楽しむ旅が好き。 コーヒーを豆から挽いて淹れることに、絶賛ハマり中です! 平凡な人生を歩むMieraならではのエッセイをお楽しみください♪

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