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家族

母が跳んだ日

ima.2026.09.11

目の前で、いきなり母が跳んだ。

「痛ーーーいっ!」

そう叫んで崩れるように座り込む母に、私の頭の中は心配よりも、

…なぜっ

母よ、なぜっ!?

なぜ今、階段を跳んだんだ。

しばらく私は、動けなかった。

うちの母は、筋金入りの天然だ。
悪気はない。

むしろ母は、いつも至って真剣だ。

…ただ、行動の理屈が少しだけズレている。

そのズレが、ときどき予測不能な方向へ炸裂する。

慣れているつもりでも、やっぱり驚かされる。

この日も、そうだった。

数日前、母は膝を痛めて帰ってきた。

「ちょっとぶつけただけ」
と笑っていたが、
歩くたびに「痛い、痛い」と言う…。

私は心配になって、母を整形外科へ連れて行った。

レントゲンの結果は、骨に異常なし。
打撲だった。

大事には至らず、ほっとした。

…のに、ほっとしたのも束の間。

それで安心してしまったのか母は、
「マイナスイオンを浴びにいきたい!」

そんな突拍子もない事を言い出した。

そして、母は近くの神社へ行こうと言うのだ。

膝が痛いのだから、大人しくしていればいいのに…。

そう思いながらも、行く気満々の母を止めきれず、私はついて行くことにした。

神社の参道には、長い石段がある。

「痛いわー」「きついわー」とぼやきながら、母は手すりをつかみ、一段ずつ登っていく。

…ほら、やっぱり痛いんじゃないか。

止めても聞かない母に、私は呆れながら後ろをついていった。

母の膝のことがなければ、本当に清々しい散歩だ。

「気持ち良くて、膝の調子も良くなりそうだわ!」
と石段を登りきった母は、満足そうに笑っていた。

…でも、問題は帰り道だった。

登りよりも、降りる方が膝には堪える。

母はまた手すりをつかみ、
「痛い、痛い」と言いながら、ゆっくり降り始めた。

さっきまでの清々しさは、どこへやら…。

私は母を少し支えるようにして、同じように一段ずつ降りていた。

あと少し。

石段の終わりが見える。

残りあと数段だ。

そう思った、その瞬間だった。

目の前で手すりにしがみついていたはずの母が…

跳んだ。

残り三段ほどのところから、急に跳んだ。

…はっ!?

何が目の前でおきたのか、理解が追いつかない。

「痛ーーーいっ!」

着地した瞬間、母は叫び、そのまま崩れるように座り込んだ。

ちょ、ちょ、ちょっと待てぇっ!!

心配より先に、疑問が浮かぶ。

なぜ…

母よ、なぜっ

なぜ今、跳んだんだ!

「…大丈夫?!」

私は、ようやく声をかけて駆け寄ると、母は痛そうにしながら、少し気まずそうに笑って言った。

「…間違えたー」

…間違えた?
何を?

恐る恐る聞くと、母はこう言った。

「一段一段降りるたびに痛いから。
だったら、一気に跳んだら、痛いの一回で済むと思って…」

…………。

なるほど。

って、なるわけない!

そもそも…足を怪我している人が、跳ぼうと思う発想がわからない。

さらに母は続けた。

「跳んだら、どっちの足で着地するか分からなくなって…」

「間違えて、痛い方の足でいっちゃった」

あぁ…。

それであの「間違えたー」だったのか。

…いやいや、もう全部間違えているんだよ。

跳ぶという判断も。
着地も。
全部。

「…もう、ツッコミどころしかないじゃんか」

翌日、母は再び整形外科へ行った。

当然、膝は悪化していた。

診察室で先生は首をかしげた。

「なぜ悪化しているんでしょう。何かしましたか?」

母は正直に、階段を跳んだと答えて先生を驚かせていた。

「…無茶しないでください」
先生から返ってきたのは、まっとうな一言。

本当に、その通りでしかない。

さすがの母も反省して、膝が治るまでしばらく大人しくしていた。

あのときの階段を跳ぶ母の姿は、はっきり覚えている。

何十年一緒にいても、母の発想には慣れない。

…というか、たぶん一生慣れない。

それでもきっと、これからも私の予想の少し先を、いくのだろう。

…でも、それが私の母なのだ。

ima.
ima.

30代 | 夫、息子2人、保護猫と暮らす。
友人と10年カフェを経営、妊娠を機に現場を離れる。在宅での仕事に魅力を感じ、ライターの道へ。映画鑑賞、読書、レザークラフト、ガラス彫刻など…引きこもり系趣味をもった、インドア主婦。

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