さとし君への初チョコ

人間関係

「なんで、さとし君にあげたんだろう?」
 
 
バレンタインのチョコレート売り場で、今年のチョコを選びながら、
 

ふと、そんなことを思ってしまった。
 

 
 
もう、何十年も前の出来事なのに鮮明に蘇る。

 
あれは小学五年生のバレンタインだ。
 

当時、好きな男の子にチョコレートを渡すのが、クラスの女の子たちの間で流行っていた。
 
 
それは、子どもから一歩外れ、「女の子の一員」になった証だったし、ちょっとした通過儀礼でもあった。
 

「チョコ、誰にあげればいいんやろ?」
と、考えた。
 

けれど、当時の私には、はっきり「好き」と言える男子はいない。
 

近所の男子たちは、幼稚園の頃からずっと一緒だったので、弟のように思える。
 
 
二年生のときに転校してきた、さとし君だけが、少し距離のある存在だった。 
 
 
スーパーでチョコレートを真剣に選ぶ。
 
 
そして、可愛い包装紙できれいにくるんだ。
 

さとし君に渡そう。
 
 
 
 
 
家が近かったこともあり、その日は遊びに来てもらった。
 

帰り際、まるでお土産を渡すように、チョコレートを差し出した。
 

彼は「ありがとう」と言って、ごく自然に受け取ってくれた。
 

 
 
けれど、その後の中学や高校のバレンタインは、意気込み過ぎて、チョコを渡せなかった。
 
 
行動出来ない人として歳をかさねてきた。
 
 
 
 
そして、また、バレンタインの季節がやってきた。

 
今日は、久しぶりに親しい同級生たちと会う約束がある。
 
 
そして、その中には、さとし君もいた。
 
 
しばらくすると、向こうからさとし君がやってきた。
 
 
 
 
「あー、久しぶり」
 
 
そう私が声をかけると、彼はすっと輪の中に入り、間髪入れずに言った。

 
「昔は、嵐で活躍してました。大野さとしでーす」

 
相変わらずだなぁ、と笑ってしまう。

 
周りの誰かが 
 

「それ、いつも使ってるの?」
 
 
「大野君、ひどい。こんなになっちゃったの?」
 
 
などと、笑いながら突っ込む。
 
 
「今はだいたい、これにしてる」
 
 
さとし君は、そう言って笑った。

 
 
 
私にも「元気か?」と聞いてくる。
 
 
「元気やで….」と答えながら、
 
 
「あっそうそう、ちょっと早いけど、バレンタインのチョコ。友チョコよ。どうぞ。」
 
 
と言って、私は、さとし君と、友達二人に、さっき買ったチョコを渡した。

 
「ありがとう、2個目。」
 

さとし君は、覚えていてくれた。
 
 
……私の初チョコを。
 
 
 

帰り道、思い返す。
 
 
あの頃から、彼は「自然に受け取る人」だったのだ。

 
大げさに喜ぶわけでもなく、照れるわけでもなく、ただ「ありがとう」と言う。
 
 
受け取ることも、輪に入ることも、ごく当たり前のように。

 
そしてそれは、還暦を迎えた今も、変わっていない。
 
 
バレンタインのチョコレートは、渡した瞬間だけじゃないのかもしれない。
 
  
こうして何十年も経ってから、
 
 
「あの時、渡してよかった」
 
  
と思える人に渡せたことの方が、ずっと意味があるのかもしれない。

 
 

私の初チョコは、やっぱり、さとし君でよかったのだ。

60代。 夫の両親と同居、パン屋歴35年以上の主婦です。 子育て卒業後、新しい自分の可能性を探求中。 家族や地域の人々との関わりの中での気づきをエッセイにしています。

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