レベルアップした、ごっつい手

家族

「これは間違いだっっ!!」

 

 

リビングから突然、夫の意味不明な大きな声が聞こえた。

 

 

えっ、何?なに???

 

 

私は、大急ぎで洗面所から顔だけ出してリビングを見た。

夫はダイニングテーブルの前で、下を向いて立っている。

その姿は、まるで先生に怒られた生徒のようだ。

 

 

何やってんだろう?

 

 

私は答え合わせをしようと、頭をフル回転させた。

 

 

が、わからない。

 

 

言いたいことがあるなら、シャキッと言えばいいのに…

何なんよ!

 

 

私は怪訝な顔で、リビングへ向かった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

夫はまだテーブルの前にいた。

テーブルの上にある、自分の麻のシャツを指差し、真面目な顔で私に言った。

 

 

「たたみ方、教えて!」

 

 

私はテーブルを見た。

そこには、たたんだような、たたんでないようなシャツが…。

もさっと盛り上がった状態で置かれている。

 

 

──あー、たためてないわ…

 

 

そう思った私の心の中には、

えー、またぁ、という気持ちが湧いてきたけれど、口には出さなかった。

 

 

夫はいつも、「たためない」と言いながら洗濯物と格闘している。

 

Tシャツは「きれいな長方形にならん…」、

ワイシャツは「裾はどうしてたっけ?」とぼやいて、私に助けを求める。

そのたびに私はやり方を教えてきた。そのたびに、だ。

 

 

これまで何回も教えてきたよね!

もう忘れたんかい!!

 

 

彼の洗濯物のたたみ方は、いつも慎重だ。

けれど今回は、麻の強情なシワに、その慎重さは通用しなかったようだ。

出来上がりはちっともまとまっていない。

もさっと盛り上がった状態だ。

 

 

いつもやってみせてるのに、なんで!

一体あなたは、いくつになったら覚えるんですか!!

仕方ないなぁ…

 

 

私は呆れたが、教えることにした。

 

 

「まず前ボタンを留めて、そしてシャツをひっくり返すでしょ…」

 

 

そう私が言うと、

夫はうんうんと頷き、ごっつい手を動かし始めた。

 

前ボタンをつかむ指は、太すぎるのかおぼつかない。
何とか留めて、ひっくり返す。
袖が引っかかって、もたつく。

 

 

もう、へったくそだなぁ…何でできないんやろう、この人

 

 
見れば夫は、眉をひそめている。

 

 

腑に落ちない顔してるなぁ…

 

 

そう思った矢先、

夫はいきなり屈託のない笑顔を見せて、

 

 

「ね、実際にやってみせてよ!」

 

 

と私に場所を譲った。

 

夫は最初からそうして欲しかったようだ。

 

 

だったらそう言えばいいのに…

しょうがないなぁ

 

 

 

 私は麻のシャツを手にした。

 乾いた麻のシャツは、シャリ感、ゴワゴワ感があった。

 確かに扱いにくくて、たたみにくそうだ。

 私は、綿シャツをたたむやり方で、たたんでみせた。

 すると、もこっと膨れ上がった状態になった。

 

 

麻のシャツだから仕方ないよね…

 

 

そう思っていると夫は、目を輝かせた。

 

 

「なかなかそんな風にできないんだよ。何でそんなキレイにたためるの?」

 

 

と、まるで子供が初めて逆上がりができた時のような喜びようだ。

 

 

「えっ、いやぁ…」

 そんなに褒められてもなぁ

 

 

夫は、私がたたんだシャツを、また広げた。

私がやって見せたように、

ボタンを留めて、ひっくり返して、袖を折って…

一つひとつの動作を確かめるように、ごっつい手を動かしている。

どこか楽しそうだ。

 

その様子を横目でみながら、私は心の中でつぶやいた。

 

 

さっき私が口で教えながらやっていたのと、
大して変わらないような…

 

 

けれど、夫の表情はいたって真剣だ。

私は余計なことは口にせず、黙って見守った。

 

そして、ようやく出来上がった。

私が最初に見た、もさっと盛り上がったような状態に比べれば、

 

 

おぉ、確かに少しは変わったかも!

 

 

と思わず声が出そうになる。

完璧ではないけれど、一応「たたんだ」と言える形にはなっている。

夫は顔を上げて、こんな感じ?と確認するように私の方を見た。

  

う〜ん、まだキレイとは言えない…。

でも確かにさっきよりは変わったし、頑張っていた。

私は精一杯のフォローのつもりで、

 

 

「確かに、ゴワゴワのシャツはたたみにくいよね」

  

  

と言った。

  

あっ、傷つけちゃった?

変なこと言ってしまったかな?…わたし…

  

どんな顔してるだろう…と夫をちらりと見た。

  

夫の顔は…

 

「でしょ?」

「俺はベストを尽くしたんだ!」

 

とでも言いたげに、満足そうに頷いていた。

  

ん・・?そんなにうれしい??
私の苦し紛れのフォローが、ここまで効くとは…

  

───まぁ、いっか…そっとしておこう……

 

こうして、

完璧ではないけれど、夫の気合の詰まった「合格点」の麻のシャツが、

ようやくテーブルの上で落ち着いた。

この日、夫の中ではちょっと、レベルが上がったようだ。

私は、真剣な顔でシャツと格闘していた夫の姿を思い出した。

不器用だけど、一生懸命。

私から見ればまだまだに見えても、夫の中では確かに成長したみたい。

夫よ、ごっつい手でよくがんばりました!

事務職として働きながら、エッセイを学ぶ。 日常を振り返った時に気づく、 小さな違和感や感情の揺れをすくい取り、 言葉にすることを大切にしている。

関連記事