『お母さん…これね…』
しばらく黙っていた医師が、ゆっくりと口を開く。
何を告げられるのか分からない恐怖で、私は息を呑む。
そばには、白いシーツで覆われたベッドの上で横たわっている息子。
ツーンと鼻を刺激する消毒液の匂いが、より緊張感を漂わせる。
—なに?いったい、何なん?
とある平日。
こども達はいつもと変わらず、学校や幼稚園へ行っている。
—そろそろお昼ごはんにしよっかな!
そう思い始めていたお昼時のこと。
(ピリリンリンリン♬)
私のスマホから軽快なメロディーが流れた。
—えぇーー。なんやろー…
スマホから着信のメロディーが流れると、どうしても身構えてしまう。
だって、それはだいたい、小学校や幼稚園からの緊急連絡だったりするからだ。
落ち着かない気持ちのまま、私はスマホの画面をビクビクと覗きこむ。
—あぁ…やっぱり…
そこには、見たくなかった小学校の電話番号が表示されている。
ひと呼吸置き、通話ボタンをタップ。
「もしもし、わたくし〇〇小学校保健室の〇〇と申します」
—保健室かぁー。体調悪くなったんかな?
朝の元気だった息子の様子を思い出しながら、先生の話を聞く。
どうやら給食が始まる前に、お腹が痛くなったらしい。
そして、かなり激しく痛がっているみたいだ。
迷いなく、すぐ迎えにいくことを先生に伝え、学校へ向かった。
—朝何食べさせたかな?
—昨日う〇ち出たって言ってたよな?
—まだ午後診やってないよなー。
学校へ向かっている途中も、私の頭はフル稼働しっぱなし。
学校へ着き、保健室へ足を踏み入れると…。
そこには、私の予想をはるかに超えた光景があったのだ。
「痛い痛いーー!!うぇーーーん!!」
息子がベッドの上で、のたうち回りながら痛がっていたのだ。
(えっ!?なになに!?こんな痛がってたん!?)
保健室の先生も、もはやお手上げ状態といった表情だ。
その様子を見て、これは只事ではないと悟った。
私は息子の痛がり方を目の当たりにし、一瞬怯みそうになったが、ハッと思い直し、息子に声をかける。
「痛いよなー。ようがんばったなー!すぐ病院いこな!」
20kg近くある息子を必死で抱っこして、保健室をあとにした。
「かっかーー。痛いよーーー!!うわぁーーん!!」
家に着いてからも、息子の腹痛は治まる気配が全くない。
「大丈夫やで!今病院に連絡してみるから…」
とは言いつつ、私は完全にパニック状態。
やるべきことが整理できず、スマホ片手に、リビングをウロウロしっぱなしだ。
—救急外来でいいんかな?いや、これはもう救急車レベル?
—この痛みの原因は何!?
—ってか入院しなあかんかな!?もしかして手術とかしなあかん!?
私はこれでも元看護師。
だが、我が子のこととなると、素人並にパニックになるのだと痛感する。
息子は変わらずソファの上でうずくまったり、泣きながらバタバタとのたうち回ったりを繰り返している。
—あぁ、もう…私も泣きそう…。
息子の異常事態に、不安が怒涛のように襲ってくる。
さらに、自分でどうにかしないといけないというプレッシャーが、一気に押し寄せる。
そんなテンヤワンヤな状態で、なんとか一番近くの総合病院へ連絡が取れた。
—自転車に乗せて行く?でもそれは息子がしんどいよな…。タクシーしかないな。
移動手段さえ判断できないほどの動揺っぷりだ。
—しっかり…落ち着いて…
自分に言い聞かせながら、なんとかタクシーを手配し、病院へ向かう。
『痛そうだね。じゃぁ診察していくね』
病院に到着し、息子の診察が始まった。
お腹を触られたり、聴診器でお腹の音を聞いたりと診察が進んでいく。
若干無愛想な面持ちの医師の表情が、更にどことなく険しくなっていく。
『お母さん。ちょっとこれだけではなんとも言えないので、レントゲン撮らせてください』
そう言われ、再度緊張が走る。
—レントゲン…やっぱりどこか悪いんかな…
頭では分かっている。
検査をしないと、原因がハッキリしないことを。
でもどうしても悪い方向に考えてしまう。
(何もありませんように…)
医師がレントゲンの結果を見るために、パソコンとにらめっこ。
—レントゲン見る時間長くない?…なんか大変な病気でもあったん!?
果てしなく長く感じるこの時間。
そして医師がぼそっと告げた…。
『お母さん…これね…う〇ち溜まってますね』
「へぇっ…う〇ち?」
『そう!う〇ち!』
「う〇ち…」
医師は、私との「う〇ち」ラリーを繰り広げた後、レントゲンを見ながら説明してくれた。
『この部分!これ全部う〇ち!これがおそらく腹痛の原因!毎日う〇ちは出ていても、しっかり量が出ていなかったのかもね!』
息子は毎日う〇ちはしていた。
ただ、量まで私は知らない。
—えぇーーー。原因う〇ちやったんーー!?
私は安心したのか呆れたのか、どっちか分からない気持ちでいっぱいになった。
そして息子は浣腸をしてもらうと、すぐさま便意をもよおし、大量のう〇ちを爆誕させた。
そして、あれだけ泣きじゃくりながら訴えていた腹痛が、あっという間になくなったのだ。
「もう痛くなーい(≧▽≦)」
ケロッと元気な息子に戻った。
—う〇ち…う〇ち…う〇ち…
このワードが、呪文のように頭をぐるぐる駆け巡る。
まさかう〇ちにふりまわされるとは…
(明日からはう〇ちの量も確認しよう…)
そう心に誓う私だった。