(だから言うたやん!!)
堪忍袋の緒が切れそうな私の足元にいるのは、口をへの字にして座り込んでいる娘。
そんな娘を見ながら、私は後悔していた。
娘の言うことを、素直に聞くんじゃなかったと…
この日は4歳の娘と、遠方へお出かけ。
目的地に行くには、電車を3つ乗り継がないとならない。
——やっぱり混んでるなー。
土曜日でもあるため、乗り込んだ車両はすでに満席だった。
予想はしていたけれど、気持ちが萎える。
——20分くらい乗らなあかん。途中で席が空いたらいいけど…
そんな私の心配を知る由もなく、定刻時間に電車は発車した。
どんどん加速して行く電車。
車窓からの景色が流れるように変わっていく。
そんな様子を眺めていたその時…
(トントン)
肩を軽く叩かれた感触がした。
少し肩をビクッと震わせ、振り返ると…
「すみません。よかったらお子様にどうぞ」
そう言ってくれたのは、ある若い青年。
そして、青年が手で示してくれたのは、1人分の空席だった。
自分が座っていた席を、どうやら譲ってくれているようだ。
(わぁ、神!めっちゃありがたいー!)
「すみません…ありがとうございます!娘ちゃん、座らせてもらおっか!」
私は青年にペコペコしながらお礼を伝え、娘に座るように促した。
娘は黙って、座席にちょこんと座る。
——あーほんま助かったー。この子だけでも座れてよかった!
私は娘が席に座れ、これで何事もなく目的地に着けると、なんの疑いもなく安心していた。
だが、それから5分と経たないうちに、予想外の展開となったのだ…
「かっか…立ちたい。」
——ん?なんですと?
いやいや!何かの聞き間違い!と思い、私は何を言ったのか、娘に聞き返す。
しかし…
「座るのイヤ!立ちたい!」
——えぇーーーー(泣)
どうやら聞き間違いではなかったみたいだ。
娘は立席をご所望されている。
——せっかく座れたのにー。
——せっかくご厚意で席空けてくれたのにー。
車両は変わらず満席状態な上、お客の人数も増えてきている。
今この席を離れたら、恐らくもう座れない。
「かっかが座って、お膝の上に座る?」
「立ったらもう座られへんかもしれんけど良いん?」
「まだ電車乗ってなあかんけど、立ってられる!?」
立つのを必死に阻止しようとする私。
ファイナルアンサー?と、み〇も〇たになった気分。
そして、娘が下した答えは…
「イヤ!立ちたい!」
(ガーーーーン)
受け入れたくない回答。
でも、受け入れるしかなかった。
(あーせっかく譲ってくれたのに…すみませーん)
譲ってくれた方にも申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そして、私と娘は車両の出入口付近へ移動し、立って電車に乗り続けた。
それから5分ほど経過。
もうこのまま目的地まで着けるだろうと、私は思っていた。
だが、まだまだ理不尽なことは終わらなかったのだ…
「かっか…」
(えっ…なに。なんか…嫌な予感…)
「立つのしんどい。」
(カッチーーーン!!)
——なんなん!?なんなん!?さっきあれほど言うたやん!!
立ったらもう座られへんかもしれんて言うたやん!!
立ってられるって言うてたやん!!
心の声が大爆発。
まさか5分毎に、こうコロコロ気持ちが変わるなんて!!
声を大にして言いたいが、ここは電車の中……言えない。
喉まで出かかっている心の声。
それをなんとかオブラートに包み、小さく丸まってしゃがんでいる娘に、小声で伝える。
「だって…しんどくなったんやもん」
小さく弱々しい声で返答した娘。
しんどくなったのは仕方ない…
仕方ないけど、でも…
席に座りたい人はいっぱいいる 。
そんな中、席を譲ってくれた人がいるのに…
私はやるせない気持ちでいっぱいになっていた。
そんな時。
「あのー。ここどうぞ!」
ある女性が、席を空けて声をかけてくれたのだ。
娘と小声でやり取りしていたはずだが、どうやら何か感づいてくれたみたいだ。
「すみません…ありがとうございます」
本日2回目の謝罪と感謝を伝え、娘を席に促す。
「フンフンッ、フンフンッ、フフフフフフフフ!」
最近幼稚園で覚えた歌を、上機嫌に鼻歌にしている娘。
ついさっきまで、しょぼくれていた娘は、きれいサッパリどこかへ行ってしまった。
(こっちの気も知らないで…)
娘とは対照的に、振り回され、ドッと疲れに襲われている私。
「次は、〇〇駅〜」
目的地の駅名を告げるアナウンスを聞きながら、私は再確認したのだった。
「子供の言うことは当てにならない」ということを。