「お父さん、その日は無理だって…」
「でもなぁ…」
と悩んでいる父。
父が悩んでいるのは、実家で二十五年前から育てている、
八朔の収穫のことだった。
八朔の収穫期は、十二月から二月にかけて。
実家では毎年、一月中旬過ぎが恒例だった。
けれど、その年は事情が違った。
両親が高齢になり、二人だけで収穫するのは難しくなっていたのだ。
こうして、収穫に加わることになった、私たち夫婦。
四人の予定を合わせなければならないので、
正月の帰省中に、夫を交えて収穫を決めることになった。
ところが、私たちと父の意見が合わないのだ。
父は例年通りの、一月第三週か第四週を譲らない。
しかも、「平日はどうだ?」ときた。
――いやいや、仕事があるから無理でしょう。
夫と私は、一月第二週の土日を希望した。
……が、話はなかなかまとまらない。
私は、「いっそのこと、二月にする?」
そう提案してみたものの、父の顔は曇ったままだ。
父はいったん自分の部屋に行き、数年分の手帳を持って戻ってきた。
そしてパラパラとめくりながら、
今まで、ずっとそうだったんだよなぁ…そんな顔で譲らなかった。
それが結局、母の一声で決着がついた。
「お父さん、この子たちが来てくれるっていう日でいいんじゃないの?」
こうして、収穫日はいつもより一週間以上早くなった。
思い浮かぶのは、酸っぱい八朔の味。
だから、その年の八朔は、まったく期待していなかった。
そうして迎えた収穫当日。天気に恵まれた。
二百個近く実った木を前に、「よし、頑張るか」と軍手をはめた。
明るい橙色に実った八朔をかごに入れていく。
一週間以上早い収穫だけど、色はとってもきれいだ。
作業し終わったのは、三時間ほどたったころ。
「そろそろ昼食にしようか」と、家族四人で食卓を囲んだ。
そのとき、誰からともなく「八朔、味見してみようか」という空気になった。
「じゃぁ、私が用意する」
そう言って、私は席を立った。
私は、少し小ぶりで、表面に傷のある一個を思い出していた。
台所の掃き出し窓のそばにある棚に手を伸ばし、それを取った。
手に取った八朔は、パーンと張った感じではなく、
ほどよく、やわらかい弾力があった。
――どうだろうな、この八朔。
そんなことを考えながら、いつものやり方で皮をむいていった。
軽く洗い、包丁でへたを落とす。
皮目に、放射状に、浅く包丁を入れる。
親指を、皮と実のあいだに沿わせていく。
ほろ苦い香りがふわりと立った。
房を分け、皿にのせ、皆が待つテーブルへ運んだ。
皆、ちょっと緊張した顔で、テーブルの上の八朔を見つめている。
私も席に座り、テーブルの八朔に手を伸ばした。
果肉は小ぶりながら、ぷりっと艶がある。
……どんな味だろう
私は、果肉をつかんで口の中に入れる。ひと噛みした。
ぷりっ、と弾け、口から果汁が飛び出しそうになる。
はじける果汁が口の中に溢れた。
ん…?あれ…?
ほどよい酸味のすぐ後に追いかける、やさしい甘み。
あの、きゅーっとした酸味だけじゃない。
思っていた酸っぱさが、ぜんっぜんないっ!!
──あれ?
私、何を信じていたんだっけ?
酸味!甘み!みずみずしさ!三拍子そろってる!!!
一週間以上早く収穫したのに…
前年は、気候や父の剪定のせいで、十数個しか採れなかったのに…
それなのに、この八朔のおいしいこと…!
「ん?えっ、おいしいやん!!」
夫も驚いた声を上げた。
父も母も、噛みしめるように味わっている。
家族四人、目を合わせてニンマリした。
うんうんと頷き、黙々と八朔を食べた。
私は、収穫日を決めた時の、あのすったもんだを思い出していた。
手帳を何冊も持ち出し、「今まで、こうだった」と譲らなかった父。
けれど味見をした時、
黙って、その年の味を噛みしめていた。
お父さんも、思い込んでいたんだな…
と思ったら、なんだか愛おしくなった。
私だって同じだ。
早めに収穫した八朔は、酸っぱいに決まっている。
そう、信じていたから。
帰り際、
「持って帰れるだけ、持って帰りなさい」と言われ、
十個、夫のリュックに詰めた。
ずっしり、重い。
家に帰って、また一個、八朔をむいた。
口に入れると、期待を裏切らない味。
やっぱり期待以上だったな、あの年の八朔!!