「お先に失礼しまーす。」
午後三時。
五時間勤務のパートさんたちがパラパラと帰り始める。
おつかれさまでーす…
視線をPCからそらさずに返事をする。
もう帰るの?
ちなみに私は二時半が定時なんだけど…
なんだかイライラする。
あの人、今日おしゃべりばっかりしてたよね。
私はトイレも我慢してここまでやってるんだけど。
キーボードをたたく音が激しくなっていく。
「Fさん、これもお願いできますか?」
え。
Iさん。
アナタ、さっきも私に別のことを依頼してきたよね?
「あ、でも定時過ぎてますね、次で大丈夫です。」
引き返そうとするIさんにかぶせるように、笑顔でこう答える。
「大丈夫です!それやってから帰ります!」
申し訳なさそうな顔で立っている彼から、書類を奪い取る。
「いいんですか…?すみません、助かります。」
「はーい、だいじょぶでーす。」
…あと2時間あれば終わるかな。
みんな忙しいんだから仕方ない。
今日やらなかったら明日の私が困るから。
プリプリしながらPCに向かう。
なんでパートのみんなは定時でサッと帰るんだろう。
社員もパートも関係ないよね。
誰かが困ってたら120パーセントでやるべきじゃない?
勉強だって。
家事だって。
育児だって。
全力でやらないと終わらないし、まわらない。
頑張ったからこそ認められるんじゃないの?
そんな風に、定時なんてあってないようなものとして働いていたある日。
チームリーダーは無慈悲にこう告げた。
「来月はAさんが異動、再来月はBさんが転職、秋にはCさんが産休に入ります。」
えー?
うそでしょ!?
三人ともなくてはならない主要メンバーなんですけど!?
そして、このチームのパートである私とSさんはさらに忙しくなった。
明らかにうちのチームだけ残業が多い。
人がいないから仕方ない。
私の定時は14時半。
だけど帰宅は毎日17時を過ぎる。
出勤のたびに17時に帰るのが当たり前になっていった。
「Fさん、私もう限界かも。」
Sさんが不安を口にしたのはこの頃だ。
「やってもやっても終わらないし…」
「そうだよね…」
気持ちはわかる。
…でも、しょうがなくない?
心の中で、本音をつぶやく。
でも、Sさんまでいなくなったら終わりだ。
「私も手伝うからさ、とりあえず乗り切ろう?」
「わかりました。」
…とりあえず納得してくれた?
そう思ったらSさんがこう言った。
「…私、Fさんがいるからどうにか頑張れているんです。」
え?
そうなの?
そういわれると、うれしい。
一瞬そう思った。
…が…
あれ…?
──それって、私のせいで無理してるってこと?
彼女にそんなつもりはないだろう。
でもその言葉が頭から離れない。
さっきまでのうれしさがスーッと冷めていった。
私のせいで誰かが無理をしているかもしれない。
誰かに負担を強いているのかもしれない。
もしかしたらみんながやめていったのは私のせいなのかな…
頭の中はそんな不安でいっぱいになった。
忙しい日々をなんとか乗り越え迎えた年末年始。
私は一人考えていた。
私だって、本当は帰りたい。
なんでこんなに頑張ってるんだろう?
頑張らないと認められない?価値がない?
いやいや。
社員さんは、
『あとはやるので帰ってくださいね』
って、声をかけてくれてたじゃない。
…勝手にムキになっていたのは私なんじゃないの??
『頑張らなくちゃ認められない』
そう思っていたのは私の思い込みだったんだ。
そう考えていたら、社員の人に申し訳なくなってきた。
よし。
今年こそはきちんと定時に帰る日を増やそう!
年が明けたある日、Sさんからスマホにメッセージが届いた。
「社員さんが増えたら楽になるって聞いてたのに、全然楽にならないですよね。
私本当にそろそろ限界かなって。
上の人に相談しようかと思います。」
一呼吸してSさんに返信をする。
「相談してもいいと思うよ。」
その後に私はこう続けた。
「あのね、私は最近、定時に帰るって決めたんだ。
もう無理はしない。」
翌朝、Sさんからメッセージが届いた。
「Fさん。目から鱗でした。残れって強制されてるわけでもない。
私が決めて定時に帰ればいいだけですよね。
勝手に背負ってしんどくなってました!ありがとう!」
自分で決めて自分で動く。
自分の不満を人のせいにしていると、いつまでたっても被害者のままだ。
今、私たちは定時に帰っている。
勝手に背負った荷物をよいしょとおろすと、心が軽くなった。