体育館で重なった、2つの時間

2026.07.16
家族

 
(娘ちゃん。何になるんやろー?)
 
 
ジーーーー!っと、はじまりを告げるブザー音が体育館に響いた。
 
 
でも、この時はまだ知らなかった。
 
 
 
娘が、何の姿になっているのかを。
 
 
 
 
 
時間は1ヶ月前にさかのぼる。
 
 
私は一通の手紙に目を通していた。
 
それは、幼稚園の発表会の案内状。
 
 
年少の娘にとって、初めての発表会。
 
 
私もとても楽しみにしていた。
 
 
 
手紙を読むと、娘のクラスは劇をすることになっているみたいだ。
 
 
なにやら動物がたくさん登場する物語らしい。
 
 
 
——娘ちゃんは何の役をするんかなー♡?
 
キツネ?くまさんかなー?
 
 
頭の中で、登場する動物の姿に、娘を変身させていく。
 
想像しただけで、ニヤリと表情がほころんでくる。
 
私はウキウキしながら手紙に目を通し続けた。
 
 
 
ところが、
 
 
 
「えっ!?」
 
 
 
そう思わず言ってしまう内容が、手紙に記されていたのだ。
 
 
 
 
【なお、役は本番当日、その時にやりたいと思った役をします!】
 
 
 
 
——なにそれー!!!?
 
 
 
私にとって衝撃的な内容だった。
 
そして、そばで遊んでいる娘に問いかける。
 
 
「娘ちゃんは、劇なんの役したいん?」
 
 
おままごとの手を止めた娘は、キョトンとこうつぶやく。
 
 
 
「うーん…わかんなーい!!」
 
 
 
私は気になりすぎて、しつこく娘に聞いていた。
 
 
 
次の日も。
 
 
その次の日も。
 
 
 
 
でも…
 
 
「ねずみがいい!」
 
「やっぱりカエルさん!」
 
 
 
毎日、コロコロ気持ちが変わる娘。
 
 
 
そして役が定まらないまま、本番を迎えることになった。
 
 
 
 
 
本番当日。
 
 
 
(結局、何の役にしたんやろ?)
 
 
娘の役が分からないまま、胸をドキドキさせながら劇の始まりを待つ。
 
 
 
そして、いよいよステージの幕が開いていく。
 
 
ライトの光が、幕が上がると共に、どんどん広がっていく。
 
 
 
すると、見慣れた上靴と靴下が目に入った。
 
 
 
(あっ、きっとあれやな!)
 
 
娘の位置を確認。
 
 
 
そして、とうとう娘の姿が明るみに出る。
 
 
 
 
 
 
(あっ、あれは…)
 
 
 
私の目に映ったもの。
 
 
 
 
それはウサギ姿の娘だった。
 
 
長い耳。
 
ピンク色の衣装。
 
小さく揺れるしっぽ。
 
 
 
(わぁ、かわいい!)
 
 
 
そう思った次の瞬間だった。
 
 
 
 
(かわいらしいピンク色。) 
 
(ピンッと背伸びしているながーい耳。)
 
 
 
2年前の景色が、一気によみがえった。
 
 
 
そこにあったのは、
 
 
 
かつてウサギ役をやった息子の姿だった。
 
 
 
一生懸命跳ねていた息子。
 
大きく口をあけて歌っている姿。
 
照れくさそうな笑顔。
 
 
 
あの日の体育館の空気まで、昨日のことのように戻ってきた。
 
 
 
 
(まさか、同じ役をするなんて…)
 
 
 
気付けば私の中で、2人がいつの間にか重なっていた。
 
 
 
そんな2人が、たまらなく愛おしい。
 
 
 
口元が勝手にゆるんでいた。
 
 
 
 
——娘ちゃん!ウサギを選んでくれてありがとう!
 
 
 
2人の姿を重ねたまま、私は心の中でそうつぶやいた。
 
 
 
 
娘の発表会を見に来ただけのはずだった。
 
 
けれど、娘の発表会は、息子との大切な思い出をよみがえらせてくれた。
 
 
 
 
数日後…
 
 
 
「今度は俺の!」
 
「いや!私のを見る!」
 
 
あの日から子供たちは、自分のウサギ姿の動画を観たいがために、テレビの取り合いをよくしている。
 
 
私はその光景を微笑ましく見ながら、
 
 
「どっちでもええやん。」
 
 
そう心の中でつぶやく。
 
 
 
だって、どっちも私にとっては、かけがえのないウサギなのだから。

2人の子をもつ元看護師。カフェで読書をするのが大好き。あたたかく、やすらぎのある暮らしを目指し中。感性を磨き、自分の経験を元に、心に寄り添える発信をしていきたいです。チャキチャキな大阪弁でのお笑い要素も満載♪ 実績:第4回IWriteグランプリ優勝

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