(娘ちゃん。何になるんやろー?)
ジーーーー!っと、はじまりを告げるブザー音が体育館に響いた。
でも、この時はまだ知らなかった。
娘が、何の姿になっているのかを。
時間は1ヶ月前にさかのぼる。
私は一通の手紙に目を通していた。
それは、幼稚園の発表会の案内状。
年少の娘にとって、初めての発表会。
私もとても楽しみにしていた。
手紙を読むと、娘のクラスは劇をすることになっているみたいだ。
なにやら動物がたくさん登場する物語らしい。
——娘ちゃんは何の役をするんかなー♡?
キツネ?くまさんかなー?
頭の中で、登場する動物の姿に、娘を変身させていく。
想像しただけで、ニヤリと表情がほころんでくる。
私はウキウキしながら手紙に目を通し続けた。
ところが、
「えっ!?」
そう思わず言ってしまう内容が、手紙に記されていたのだ。
【なお、役は本番当日、その時にやりたいと思った役をします!】
——なにそれー!!!?
私にとって衝撃的な内容だった。
そして、そばで遊んでいる娘に問いかける。
「娘ちゃんは、劇なんの役したいん?」
おままごとの手を止めた娘は、キョトンとこうつぶやく。
「うーん…わかんなーい!!」
私は気になりすぎて、しつこく娘に聞いていた。
次の日も。
その次の日も。
でも…
「ねずみがいい!」
「やっぱりカエルさん!」
毎日、コロコロ気持ちが変わる娘。
そして役が定まらないまま、本番を迎えることになった。
本番当日。
(結局、何の役にしたんやろ?)
娘の役が分からないまま、胸をドキドキさせながら劇の始まりを待つ。
そして、いよいよステージの幕が開いていく。
ライトの光が、幕が上がると共に、どんどん広がっていく。
すると、見慣れた上靴と靴下が目に入った。
(あっ、きっとあれやな!)
娘の位置を確認。
そして、とうとう娘の姿が明るみに出る。
(あっ、あれは…)
私の目に映ったもの。
それはウサギ姿の娘だった。
長い耳。
ピンク色の衣装。
小さく揺れるしっぽ。
(わぁ、かわいい!)
そう思った次の瞬間だった。
(かわいらしいピンク色。)
(ピンッと背伸びしているながーい耳。)
2年前の景色が、一気によみがえった。
そこにあったのは、
かつてウサギ役をやった息子の姿だった。
一生懸命跳ねていた息子。
大きく口をあけて歌っている姿。
照れくさそうな笑顔。
あの日の体育館の空気まで、昨日のことのように戻ってきた。
(まさか、同じ役をするなんて…)
気付けば私の中で、2人がいつの間にか重なっていた。
そんな2人が、たまらなく愛おしい。
口元が勝手にゆるんでいた。
——娘ちゃん!ウサギを選んでくれてありがとう!
2人の姿を重ねたまま、私は心の中でそうつぶやいた。
娘の発表会を見に来ただけのはずだった。
けれど、娘の発表会は、息子との大切な思い出をよみがえらせてくれた。
数日後…
「今度は俺の!」
「いや!私のを見る!」
あの日から子供たちは、自分のウサギ姿の動画を観たいがために、テレビの取り合いをよくしている。
私はその光景を微笑ましく見ながら、
「どっちでもええやん。」
そう心の中でつぶやく。
だって、どっちも私にとっては、かけがえのないウサギなのだから。
体育館で重なった、2つの時間