三峯(みつみね)の蛇が運んできた不思議な話

2026.07.17
出産・育児

「妊娠は…してないね。」

産婦人科の女医さんの高い声が耳に刺さる。
 
 
 
──え?
 
 
 
──なんで?
 
 
 
そう思いながら『やっぱり』という思いがよぎる。
 
 
自宅の検査キットで陽性反応が出た時、私はウキウキしていた。
 
 
 
──やった!
 
 
 
でも青いラインがうっすらだったのが気になっていた。
 
 
箱に書いてある見本の「陽性」写真は、もっと青がくっきりしていたのだ。
 
 
 
まあ、薄いけどこんなもんでしょ。

生理も来てないし大丈夫。
 
 
 
気づかないふりをして過ごした一週間後。
 
 
出血があってパニックになった。
 
 
 
 
こんなはずじゃない。
 
 
なにかが間違ってるんだ。
 
 
そうだ、何かちょっとした間違いのはず。
 
 
念のため、少し早いけど産婦人科で診てもらおう。
 
 
そして『大丈夫』って言ってもらおう。
 
 
 
 
そう考えなおして、まだ2歳だった娘の手をひいて婦人科へ駆け込んだあの日。
 
 
女医さんの一言で、胸に重い遮光カーテンがおろされた。
 
 
 
 
 
 
高齢出産にあたる年齢だとは自覚していた。
 
 
その年齢での妊娠はむずかしいとも聞いていた。
 
 
でも、まさか自分がその立場になるだなんて。
 
 
一人目はあっさり妊娠したものだから。
 
 
余計にその事実を受け入れることができなかった。
 
 
 
 
 
ママ友たちは次々に二人目を妊娠していく。
 
 
「…お母さんさ、体調悪いから今日のリトミックお休みでもいい?」
 
 
「うん、わかった。」
 
 
何も知らない娘は積み木で遊んでいる。
 
 
体調が悪いんじゃない。
 
 
幸せそうな妊婦姿のママ友さんたちと、一緒の空間にいるのが耐えられなかったのだ。
 
 
 
 
 
娘と二人で家にこもっていると、どんどん気持ちが落ち込んでいった。
 
 
──そうだ、気分転換にどこかに出かけよう!
 
 
そう思って図書館へ向かった。
 
 
関東近郊の遊び場ガイドを開く。
 
 
日帰りドライブができそうなところ…
 
 
秩父はどうだろう?
 
 
川もあるし山も温泉もある。
 
 
そして少し山奥には三峯神社。
 
 
調べてみるとパワースポットらしい。
 
 
 
 
 
「いいね、この日なら休めるよ。」
 
 
夫が言った。
 
 
そうだ、家族三人で平日にドライブに行こう。
 
 
四人ではないけれど。
 
 
夫と娘は今、ここにいる。
 
 
 
 
 
梅雨の時期だったが、運よく当日は快晴のお出かけ日和。
 
 
 
「目的地へ到着しました」
 
 
カーナビの声とともに、三峯神社の駐車場に車を止める。
 
 
平日だから車もまばらだ。
 
 
車を降りて娘の手をひき、階段を登っていく。
 
 
 
 
──サササーッ
 
 
 
 
あれ?
 
 
今何か横切った?
 
 
なんか黒っぽくて長いものがニョロニョロ動いていたような…
 
 
 
 
もしかして…
 
 
もう一度視線を移した。
 
 
 
 
──へび!
 
 
 
 
そう思った瞬間、胸がドキリとした。
 
 
ぞぞぞと背中に冷たいものが走る。
 
 
気づいたらギャーと叫んでいた。
 
 
娘の手を引き、階段を駆け上る。
 
 
 
 
「へびがいた、見た?へびだった!」
 
 
興奮して何度も口に出す。
 
 
「こわかった。」
 
 
娘が泣きそうな顔をしている。
 
 
 
 
でも実はちょっとうれしかった。
 
 
蛇は神様の使いと聞いたことがあるから。
 
 
──もしかして歓迎されてる?
 
 
 
 
 
鳥居をくぐると、一気に空気が変わった。
 
 
新緑から夏の緑へと変わる季節だからだろうか。
 
 
まるで、もののけ姫にでもでてきそうな青々とした樹々。
 
 
午前中の日の光がキラキラしてまぶしい。
 
 
森の精霊かな?
 
 
あんなに澄んでいて、キラキラした森をみたのは初めてだった。
 
 
 
 
「ここは狛犬様のかわりに、オオカミ様が祀られているそうだよ。」
 
 
ガイドブックで知った知識を二人に伝えながら、本堂へと続く階段を上がる。
 
 
お賽銭を入れ、顔をあげて、静かに手を合わせる。
 
 
一瞬だけ宿ったかもしれない命。
 
 
「私のところに来てくれてありがとう。」
 
 
鼻の奥がつーんとした。
 
 
そして
 
 
「娘に兄弟を授けてください。」
 
 
と静かに祈った。
 
 
 
 
お参りをしたらなんだかすっきりした。
 
 
──いいところ。
 
 
緑に囲まれた境内で大きく深呼吸する。
 
 
胸におろされたカーテンの隙間から、光が差したようだった。
 
 
 
 
 
それから一年後、私は妊娠した。
 
 
「〇〇ちゃん、今度お姉ちゃんになるんだよ。」
 
 
娘は
 
え?
 
と一瞬かたまったあと、わーいと嬉しそうに笑った。
 
 
 
 
出産予定日は年明け。
 
 
 
巳年の男の子だ。
 
 
 
 
──あの時、三峯神社でお迎えしてくれた蛇さんがこの子を運んでくれたんだ。
 
 
 
誰が信じなくてもいい。
 
 
私が信じている。
 
 
あの時のあの空気。
 
 
三峯神社で起きた、不思議な話。

50代。事務職。夫・娘・息子の四人暮らし。日常のささいな気づきやクスッと笑えるような出来事で幸せを感じていただければ。趣味、スピ活、推し活、食べることなど。

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