「おまえは疫病神だな!」
ふとした瞬間に、その言葉が頭をよぎる。
もう何年も前のことなのに。
その一言だけは、まるで昨日聞いたかのように鮮明だ。
不思議なことに、私は長い間その意味を知らなかった。
ただ、なぜかわからないけれど傷ついた。
その感覚だけが、ずっと胸の奥に残っていた。
あれは昼下がりのリビングだった。
窓から明るい日差しが差し込み、
テレビの音が流れている。
そこには母と私と、まだ生まれたばかりの弟がいた。
当時の私は3歳だった。
私は、よく弟にちょっかいを出した。
おもちゃを取ったり、わざと泣かせたり。
今思えば、ひどい姉だったと思う。
でも、本当はいじわるがしたかったわけじゃない。
弟が泣けば母が来る。
母が来れば、その一瞬だけでも私を見てくれる。
それだけが目的だった。
「ママ、見て!」
そう言っても、
「ちょっと待ってね」
と返される。
気づけば、母の腕の中にはいつも弟がいた。
私は幼いながらにわかっていた。
母が弟を愛していること。
そして、自分も同じように愛されたいと思っていることを。
だから私は、わざと音を立てた。
わざと泣いた。
わざと困らせた。
見てほしかった。
ただ、それだけだった。
その日も同じだった。
弟が泣き、母が振り返る。
私は少しだけ期待した。
今度こそ私を見てくれるかもしれない、と。
けれど次の瞬間、母の口から出たのはこんな言葉だった。
「おまえは疫病神だな!」
意味はわからなかった。
けれど、胸の奥に何か重たいものがズドンと落ちた。
痛いというより、沈む感覚だった。
私は黙った。
泣くこともできなかった。
テレビの音だけが、遠く聞こえていた。
その場面だけは、今でもはっきり覚えている。
いつからか私は、誰かの機嫌が悪くなると
「自分のせいかもしれない」
と思うようになっていた。
迷惑をかけていないか、
場を乱していないか、
そればかり気にする癖があった。
それが、全部あの言葉のせいだとは思わない。
でも、どこかでつながっている気もしていた。
あれから20年が過ぎた。
私も、大人になった。
母との関係は悪くない。
一緒に出かけることもあるし、普通に笑い合うこともある。
それなのに。
あの日の一言だけは消えなかった。
なぜ、忘れられないのだろう。
それが何なのか、一度ちゃんと知りたくなった。
そしてある日、スマホで「疫病神」と検索した。
画面に表示された意味を見て、指が止まった。
“災いをもたらす存在”
“不幸を運んでくる人”
思っていたよりも、ずっと重い言葉だった。
「あれは、”ただ怒られた言葉”じゃなかったのかもしれない…。」
私はしばらく画面を見つめたまま、動けなかった。
…ああ。私は、この言葉の意味を知らないまま傷ついていたんだ…。
そう、思った。
「なんでお母さんは、こんなことを言ったんだろう・・・」
私の知っている母は、とても優しい人だ。
自分のことよりも子供たちを優先し、
愛情深く育ててくれた。
そんな母が、私にこんな言葉を言うなんて、ありえない。
母が言う言葉じゃない気がした。
「・・・どんな気持ちだったんだろう。」
泣き止まない弟。
思うようにいかない毎日。
何度言っても言うことを聞かない3歳の私。
母もまた、余裕がなかったのかもしれない。
もちろん、あの日の言葉が消えたわけではない。
傷つかなかったことにもできない。
それでも私は、母を責めたいわけではないと思った。
むしろ、知りたくなった。
あの日、母は何を感じていたのか。
なぜ、あの言葉がこぼれたのか。
今でも普通に会えば笑い合える。
けれど、3歳の私だけが、まだあの日のリビングに座っている気がする。
だからいつか聞いてみたい。
「ねえ、あの日のこと覚えてる?」
責めるためじゃない。
正解を求めているわけでもない。
ただ、一度だけ母と同じ場所に立ってみたいのだ。
その答えを聞ける日が来るのかはわからない。
それでもいい。
いつか母と向かい合って、お酒を飲みながら話してみたい。
20年以上前、3歳の私に押されたあの烙印のことを。