コムラは返らない

生活

「バナナー!」
 
 
 
その時私は、バナナをモーレツに必要としていた。
 
 
それは、私の心の悲痛な叫びだった。
 
 
 
「バナナってさ、滑るじゃん?食べると人生も滑るってよ?」

 
 
私はスーパーの果物コーナーでバナナを見ていた。
 
 
ふと、学生時代の友達のそんなセリフを思い出す。
 
 
 
――ほんとかよって思ったけど信じちゃったよねぇ。若かったもんねぇ。
 
 
それに、バナナの熟れ熟れのやつって独特なのよねぇ。
 
 
 
私は長らくバナナを食べていない。
 
 
 
最後に食べたのはいつだったっけ?
 
 
15年位前、友達と食べたチョコパフェの真ん中にいたバナナを、うっかり食べて以来だろうか。
 
 
私は人に合わせがちな性格で、人と食事に行くとつい「同じもので。」と言ってしまう。
 
 
だが、バナナだけは違った。
 
 
バナナ入りの何かを勧められても、「いや、別のもので!」と断った。
 
 
友達の言葉を信じただけではない。
 
 
熟れすぎたバナナのあのねっちょり感と、独特の主張の強い甘い味がどうにも好きになれないのだ。
 
 

「さ、今日の夕飯は何にしようかなぁ。」
 
 
 
―― バナナはいいから、野菜、野菜。
 
 
玉ねぎ~♪ きのこ~♪
 

 
野菜をかごに入れ、次のコーナーへ。
 
 
 
ふんふん♪と鼻歌交じりで陳列棚を眺めていた。
 
 
 
 
「うっ。」
 
 
 
突然私の左足に違和感が走った。
  
 
次の瞬間、左足の親指がgood👍と言わんばかりに立ち上がり、ふくらはぎに激痛が走った。
 
 
 
「うー。」
 
 
 
一瞬息が止まる。
  
体が固まる。
 
心拍が上がる。
 
顔がゆがむ。
 
 
足がつったのだ
 
 
 
―― こういう時どうするんだっけ?親指引っ張るんだっけ?でも今はスーパーの中だし。
 
 
えっとえっと…。
 
 
 
頭の中は軽くパニクっている。
 
 
 
―― ダメだ。 買い物は中断だ。
 
 
 
答えを見つけきれないまま買い物の中断を決意し、会計を済ませようとレジに向かう。
 
 
 
―― つま先浮かせる?かかとで歩く?いや、小指側を地面につけるのが正解?
 
 
ケンケンしたいが、それはやめておこう。
 
 
私はどうにかこうにか痛みの少ない角度に足の向きを調整しながら、
 
 
ぴょこぴょこと不自然な歩き方でスーパー内を歩いた。
 
  
―― 変な歩き方になってるよなぁ。
 
 
 
すれ違った人が、「あら?どうしたのかしら?」という顔をした…様な気がした。
 
 
 
え?なにか?
 
 
 
平静を装い、できるだけ普通に歩く。(歩けてないけど。)
 
 
 
―― 周りの目とか気にしている場合かよ。
 
 
自分に突っ込みを入れていると、
 
 
 
ぴきっ!
 
 
今度は右足に激痛が!
 
 
「ひぇ!」
 
 
思わず小さく声を上げてしまった。
 
 
痛いーー!
 
 
立ち止まり、ふくらはぎをさする。
 
 
―― やばい、やばい、やばい。
 
 
 
痛みに耐えつつ、なぜか頭にふと浮かんだのが、カリウムという栄養素。
 
 
 
私は介護施設に勤めている。
 
 
2日ほど前、
 
 
ある利用者様が、カリウム不足を補うためバナナを食べるようにされた
 
 
との話を聞いた。
 
 
なぜかそれを思い出したのだ。
 
 

ん?バナナ?カリウム?
 
 
 
しばし足を止めて考えた。
 
 
 
「そうか!」
 
 
 
救世主、降臨!
 
 
そういえば、足がつる原因の一つにカリウムの不足があるって聞いたことがあったような
 
気がする!
 
 
そうだ!家には熟れに熟れたバナナが仏壇に供えてあったぞ!
 
 
一刻を要するのだ。こうなったら、記憶違いでも当てずっぽうでもなんでも試してみるしかない。
 
 
 
「バナナー!」
 
 
 
愛する人の許へと急ぐかのごとく一目散に、

しかし、両足の痛みにますます変な歩き方になりながら、帰路を急いだ。
 
 
人の目はどこかへ消えた。
 
 
 
なんとか帰宅し、仏壇へ急ぐ。
 

  
あった、あった、あったー! 熟れ熟れのバナナが4本!
 
 
 
ご先祖様への挨拶もそこそこに、バナナをわしっとつかみ、
 
 
椅子に座りこんだ。
 
 
足は相変わらずぴきぴきしている。
 
 
うー。
 
 
呻き声を上げ足をさすりながら、私は夢中でバナナを頬張った。
 
 
 
一気に4本!
 
 
 
これまでの人生の中で、一度にこんなにたくさんのバナナを食べたことがあっただろうか。
 
 
柔らかく、甘ーいバナナを必死にがっつく。
 
 
 
うー…。
 
 
やっぱり柔らかすぎるー。甘過ぎるー。人生滑ったらどうしよー。
 
 
 
しかし、今は緊急事態なのだ。そんなこと言ってられない。
 
 
 
モグモグモグモグモグモグ…。
 
 
 
目をつぶって修行のごとく食べる、食べる、食べる。

ごちそうさまでした。
 
 
 
4本完食。
 
 
 
ん?
 
 
あれ?
 
 
痛くない!
 
 
 
ナント!痛みが引いているではないか!
 
 
 
ほほー‼
 
 
バナナのカリウム効果か!
 
 
バナナさま、ありがとうございます!
 
 
 
それ以来バナナ信奉者になった私は、1日1本バナナを食している。
 
 
(もちろん熟れ熟れになる前に食べちゃうよ)
 
 
人生が滑ることについては、食べなくても滑ってるからいいことにした。
 
 
(いや、良くはないけど。)
 
 
とにもかくにも、これでコムラはもう返らない
 
 
 
はずだ。
 
 
 
※後で調べたところによると、カリウム、マグネシウム、カルシウムなどのミネラル不足はこむら返りの要因の一つとあった。
バナナの即効性は不明。

50代。道端の小さな花をしゃがみ込んでよく眺めています。ふっと肩の力が力が抜けたり、ほっこりしたり、そんなことをささやかなエッセイにしてお届けできたら、と思っています。

関連記事