まだ、そこにいる

生活

その一文を読んで、手が止まった。
 
「わかる、わかるんだけど…」
小さく、ため息をついた。
 
私はその夜、ベッドの中で本を読んでいた。
その脇の台に本を置き、電気を消そうとした。
 
けれど、さっき読んだ一文が頭から離れない。
ベッド脇に置いた本へ、再び手を伸ばした。
 
 
 
その日、私は図書館で片づけの本を借りた。
今年こそ、GW中に洋服を整理しようと決めていた。
 
着ない服を手放せないのは、昔からのクセだ。
毎年どうにかしたいと思いながら、先延ばしにしてきた。
 
ページをめくる。
物と心はつながっている、と書かれている。
手放せない理由も、丁寧に説明されている。
 
その通りだと思う。
けれど、どこかで引っかかる。
 
黒のダッフルコート。
冬になると、よく手に取っていた。
少し重たくて、
肩にずっしりくる感じも、嫌いではなかった。
 
クローゼットにかけたまま、
一度も袖を通していない。
 
実家から持ってくるとき、
また着るかもしれないと思っていた。
 
二十五年前に買った、細身のAライン。
形が気に入っていて、
歳を重ねた今でも着られる気がしていた。
 
縦にうっすらと凹凸のある生地。
フードの縁についたフェイクファー。
どちらも、好きだった。
 
 
「着ない服は手放しましょう」
その一文のあとで、手が止まる。
 
——で、この服は、どうしたらいいの?
 
ベッド脇のスマホに手を伸ばした。
 
 
 
「ゴミ袋に入れて捨てる」
「リサイクルショップに持っていく」
 
そう書いてある。
 
テレビでも、そんな場面を見てきた。
それを見たとき、目をそらした。
 
自分の服も、あんなふうにまとめられて、
捨てられていくのだろうか。
 
そう思うと、どうにも忍びなかった。
 
ショップに実際に持っていったこともある。
提示された値段を見て、「えっ」と息が漏れた。
 
そういうものだとわかっている。
けれど、しっくりこない。
スマホを開いて、あえてこんな質問をしてみた。
 
「ゴミ袋に入れて捨てる以外に、ほかの方法はないの?」
 
そう打ち込んだ。
 
 
—— あっ、私、ゴミ袋に入れて捨てたくなかったんだ。
 
 
私が知りたかったのは、
この服を手放すとき、どう扱えばいいかだった。
  
 
 
行き場を、見つけてあげられない。
 
思い出したコートは、
まだ、そこにいる。
 
佇むように…。
 
そこから出る日を待たせっぱなし。
 
 
たぶん、また同じことを考えるんだろうけど…。
私が決めないとな。
 
   
そう思いながら、電気を消した。
 
ゆっくり目を閉じた。

事務職として働きながら、エッセイを学ぶ。 日常を振り返った時に気づく、 小さな違和感や感情の揺れをすくい取り、 言葉にすることを大切にしている。

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