「ハァハァ……」
階段を上る夫の荒い息遣いが、聞こえてくる。
私は思わず、ため息をついた。
「はぁ……」
またいつものが始まった。
我が家の最弱による、重病人アピールが。
事の発端は、一時間ほど前だった。
仕事帰りの夫から電話がかかってきた。
「ちょっと風邪引いたかも」
声のトーンは普通。
少しだるそうではあるけれど、いつもの調子とそんなに変わらない。
「熱、少しあるかなー」
そう言うので、私は電話越しに答えた。
「マスクしてね。子供達にうつったら困るから」
「わかった」
「とりあえず早く帰ってきて、すぐ寝な」
「うん」
電話を切る。
まあ、季節の変わり目だし、ちょっと風邪気味なのかな…と思った。
そして三十分後。
玄関のドアが開く音がした。
「ただいま……」
声が、小さい。
やけに小さい。
何を言っているのかよく聞き取れないくらい、弱々しい。
…え?電話のときは普通に喋ってたよね?
リビングに入ってきた夫は、
「救急車、呼びましょうか?」と言いたくなるほど大げさに、ドサッとソファに倒れこんだ。
「熱、測る……」
そう言って、体温計を取り出した。
ピピッと鳴った液晶画面を覗き込む。
「37.0度」
…ぇえっ!?
めちゃくちゃ微熱じゃん。
それから夫は、10分おきに熱を測り始めた。
そんな数分で何度も測る意味、なんだよ……。
「薬、飲もうかなぁ……」
そう何度も聞いてくる。
私はその度に「飲めば?」と曖昧に答えるのだが、また熱を測り出す。
そして、例の階段パフォーマンスが始まった。
「ハァハァ……」
二階に上がるだけで、大げさに息を切らしている。
わざわざ私に聞こえるように。
「大丈夫?」と心配してほしいのだろう。
…わかってるけど、言いたくない!
「うちの階段、標高何メートルですかー?」
そんな皮肉を叫びたくなる!
だって私は先週、38.3度の熱があった。
でも、子供達がいるし寝てばかりもいられない。
とにかく気力と根性で乗り切った。
料理もしたし、この階段もハァハァなんてしなかった!
それなのに、夫は37.0度でへろへろだ。
本当に熱がある子供達より、よっぽど手がかかる…。
しばらくして、夫がまた熱を測りだす。
「上がった!37.2度!」
嬉しそうに報告してくる。
…いやいや、まだ微熱だしっ!
なんで喜んでるんだよっ!?
そんな夫に、私はため息しか出なかった。
それから数日後。
ママ友2人とお茶をしながら、つい
つい愚痴ってしまった。
「うちの夫さ、37度でへろへろなんだよね…」
すると、1人が即座に反応した。
「わかるっ!うちも!」
「えっ、マジで?」
「無駄に何回も熱測るよね!」
「測る測る!」
もう1人も頷く。
「階段上るだけでハァハァ大げさだしさ!」
「寒い寒いって、ここ北極ですか?って言いたくなるよね」
私たちは顔を見合わせた。
みんな、一緒なんだ。
「でもさ、私たち38度あっても料理するよね」
「するする!子供いるし、寝てらんない」
「全部、ママ達は気合いで乗り越えてるつーの!」
「母は強し!」と3人で笑った。
そうか。
最弱夫は、うちだけじゃなかった。
そう思うと少しだけ、心が軽くなった。
その後も夫は、風邪気味を発症するたびに、あの重病人アピールを繰り返す。
でも今は、「あーまたか」と思うだけだ。
イライラしなくなった。
それどころか、ママ友に話す最弱ネタを探して、楽しんでる私がいる…。
普段は頼りになる夫。
ただ、とにかく熱に弱い。
微熱で、最弱生物になるだけの話だと思えば…
まぁ、許せる。
そして我が家の最弱王は、今も健在だ。