「もうバレンタインか」
夫との買い物の途中、私はふと足を止めた。
スーパーの一角が、すっかりバレンタイン仕様になっている。
ついこの前、年が明けたばかりだと思っていたのに。
もう二月か。
「そういえば、小学生のときに一回チョコあげなかったっけ?」
夫に声をかけると、
「うん、もらった」とあっさり返ってきた。
実は、夫とは小学校からの同級生だ。
え、覚えてたんだ。
正直、ちょっと驚いた。
私は、さっきまで忘れていたのに。
確かあれは、小学四年生のバレンタイン。
仲良しの女の子たちと、
「みんなで一緒に渡しに行こう!」という話になった。
当時は「本命」と「義理」を決めて、友達と一緒に回るのが、なぜか流行っていた。
そして、バレンタインが近づくと誰にあげるのか、小さな作戦会議が始まる。
「もう決めた?」
「本命は決めた!」
「あと誰にする?」
そんなやり取りで、休み時間は盛り上がっていた。
私は、本命は決まっていた。
でも、あと誰に渡すかはまだ決めていなかった。
だから友達に「誰にあげるの?」と聞いてみると、全員が同じ名前を挙げた。
それが夫の名前だった。
「じゃあ私も」
そんな軽いノリで、夫は私の義理チョコ枠に。
だから、私が夫を選んだことに、特に深い意味はなかった。
そんなこともあったなぁ、と。
懐かしく思いながら、私はまた歩き出そうとした。
そのとき、夫がふいに言った。
「次の年も、待ってたんだけどね〜」
……ん?
今なんて?
私は一瞬、思考が止まった。
次の年のバレンタイン?
あれ、どうしてたっけ。
「……待ってたって?」
聞き返すと、夫は平然と言った。
「今年も来るかなと思って。
他の子は来てたから」
……んん?
「来ないかなって、ベランダから見てた」
…え?
ベランダで?
…私を?
私は慌てて、あの頃の記憶をたぐった。
そこまで言われて、ようやく思い出した。
次の年のバレンタイン。
部活や習い事で予定が合わなくなって、みんなで回ることができなくなった。
だから私は、本命の男の子にだけチョコを渡して終わったんだ。
そして――
夫のことは、すっかり頭になかった。
「来なかったんだよなあ」
夫が、ぽつりと言う。
……え、なんか
かわいそうに。
……ん?
待って。
小学生のときも、私のこと好きだったの?
まさかの一言に、思わず大笑いしてしまった。
後日、その話を義母に聞いてみた。
「ああ、あったあった!ベランダでずっと外見てたのよ」
「寒いんだから入りなさいって言っても、『まだ来るかもしれない』って」
…どうやら、本当にずっと待っていたらしい。
それからだ。
毎年バレンタインに、夫へチョコを渡すようになったのは。
夫は、チョコをあまり食べないから、それまで渡していなかったのだけれど…
軽いノリで渡した義理チョコ。
まさかこんな続きがあるなんて。
ベランダで待っていた小学生の夫を思うと、やめるにやめられない。
そんなわけで、我が家のバレンタインは今年も続く。