…なんか、いつもと違う?
自宅前で、ふと外壁を見上げる。
二階の位置に取り付けられた、ホームセキュリティーのオレンジ色のライト。
それが、点滅しているように見えたのだ。
不審に思い、外壁に沿って左右に回り込んでみる。
上半身を乗り出して覗き込んでみたが、特に変化はない。
何かの誤作動かな?
早く部屋に戻って休みたかった。
だから、都合のよい解釈をして玄関のドアの鍵を開けた。
カランコローン
いつもの鈴の音が響く。
リビングへと続く廊下を、念のため前後左右、上下までくまなく見渡してみる。
うん、いつもと同じ。
自分を安心させるように、深く頷いた。
今日は両親が旅行中で、家には私一人。
でも、大丈夫。
自分に言い聞かせる。
よし、留守モードから在宅モードへ切り替えよう。
しかし、リビングにある、ホームセキュリティーのディスプレイに目を向けたその瞬間、
私の心臓は跳ね上がった。
そこには、不穏な足跡のマークとともに
『侵入』
の二文字が。
「侵入…?」
全身の血の気が引いた。
誰かこの家にいるの?
ドクドクと早くなる鼓動。
…どうしよう。
――プルルルルー
その時、静まり返った家に電話の呼び出し音が響き渡った。
セキュリティー会社?
そうであって!
「ホームセキュリティーです。『侵入』のサインが届いたのですが、ご無事ですか?」
よかった!
私はオペレーターの女性に、堰を切ったように状況をまくしたてた。
「帰ってきたら画面に侵入って出ていて!でも部屋は荒らされていないし…」
私のマシンガントークが終わると、彼女は落ち着いた声でこう言った。
「今、警備員がそちらに向かっています。五分ほどお待ちください。」
…よかった。
プロの人が来てくれる。
私は少し落ち着きを取り戻した。
でもそわそわは止まらず、リビングを歩き回る。
――ピンポーン
来た!
ドアを開けると、そこには細身の若い男性警備員が立っていた。
「よろしくお願いします!」
そう迎え入れたものの、
たったの一人?大丈夫か?
と、不安がよぎる。
「家の中を確認します。」
そう言われても、私が見知らぬ侵入者の矢面に立つのは御免だ。
年頃の女子だし。
「…すみません、私の前に立ってもらっていいですか?」
そう告げて、彼の後ろにピタリと隠れるようにして進む。
リビング、和室、トイレ、風呂場。
一階は異常なし。
階段を上り、二階へ向かう。
私の部屋、トイレ、母の部屋。
どこもいつも通りで、人の気配はない。
そして最後に一番奥の父の部屋。
ドアは開いたままだ。
心臓のバクバクは最高潮に達していた。
警備員の彼がそっと部屋に足を踏み入れる。
私も息を潜めて後ろから覗き込もうとしたその時。
彼はピタッと足を止め、こちらを振り返った。
ベッドを指さしている。
え?
なに?
こわいこわい!
恐る恐る私も中に入り、指さす方へ視線を移した。
すると…
見知らぬおばあさんが、父のベッドの上ですやすや眠っているではないか!
…は?
誰!?
私はパニックになりながらも、彼に向かって首を横に振る。
そして、口パクで
「し ら な い ひ と」
と伝えた。
おばあさんはしっかりと布団をかぶり、熟睡している。
ベッド脇には、丁寧に揃えられた運動靴。
警備員の彼は小さく頷くと、優しくベッドのほうに声をかけた。
「おばあちゃん」
布団がもぞもぞと動き、ゆっくりと目が開く。
「へぇ?」
気の抜けた声。
「あんた、誰?」
「ここ、おばあちゃんの家じゃないですよ」
「へぇ?ここ、私んちよ」
おばあさんと警備員の間で、噛み合わない押し問答が繰り返される。
よかった…
凶悪な泥棒じゃなかった。
でも、同時に疑問が湧いてくる。
…一体どこから入ったの?
ウーー
リビングに戻ると、パトカーのサイレンが我が家の前で止まった。
「失礼します!」
恰幅のいい警察官が二人入ってくる。
そこからは慌ただしかった。
警察官による聞き取りと、再び家の中の点検が始まる。
「あれ? ここが開いているね」
警察官が指さしたのは、風呂場の脱衣所にある裏口の扉だった。
「あーっ!」
と思わず大声をあげる。
「そこ、開いてたんですか?」
「うん、ここから入ったんだね」
警察官の言葉に、
ふうー
と、気が抜けた。
洗濯物が干しっぱなしの脱衣所。
認知症で徘徊癖のある彼女は、
その狭い空間をかいくぐり、二階の父の部屋までたどり着いたのだ。
「ランプが点滅しているのに家に入るなんて、何考えてるの!」
旅行から帰宅した母に、烈火のごとく怒られた。
今思えば、あのオレンジの点滅は異常のサインだったのだ。
「本当にそうだね、ごめんなさい。」
怒られながらも、私はホッとしていた。
家に人がいる、それだけでこんなにも温かい。
これまで、自宅は絶対安心と信じて疑わなかった。
けれど今回、それは脆くも崩れ去った(私が悪いのだけど)。
でもこうして家族といるとやっぱり安心だ。
『家』が安心なんじゃなくて、『家族』がいることが安心なんだな、
そう思った出来事だった。