ピンポーン、ピンポーン。
ナースコールが鳴る。
「痛いです」
「トイレに行きたいです」
「点滴が終わりました」
患者さんの声は、ボタンひとつで看護師に届く。
私はずっと、そう思っていた。
「患者さんに寄り添える看護師になりたい」
それが私の夢だった。
小学生の頃、入院先で出会った看護師さんに憧れた。
不安でいっぱいだった私に優しく声をかけ、
「大丈夫だよ」
と笑ってくれた。
その姿が、とてもかっこよく見えた。
いつしか私も、そんな看護師になりたいと思うようになった。
しかし、看護実習初日。
私は理想と現実の違いに圧倒されていた。
「319のナースコール行って!」
「終わったら307の処置準備!」
病棟には絶えず声が飛び交う。
看護師さんたちは小走りで廊下を行き来し、休む間もなく働いていた。
ガラガラガラガラッ
カートの音が響く。
私は慌てて着いて行き、メモを取るが追いつかない。
気づけば白衣の背中ばかりを追いかけて、
あっという間に時計は午後5時を指していた。
“患者さんの悩みに寄り添いたい”
そう思っていたのに。
ゆっくり話を聞く時間なんて、どこにもないように見えた。
看護師さんたちは、患者さんのために一生懸命働いている。
それはよくわかる。
でも、私が思い描いていた「寄り添う看護」とは違って見えた。
患者さんと話す時間もない。
心の余裕もない。
ただ、業務に追われているように見えた。
理想としていた看護は、現実には存在しないのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎった。
看護師になる夢を追い続けてきたはずなのに、自信が揺らいだ。
私は、初日から立ち止まってしまった。
そんな時だった。
一人の患者さんが私に声をかけてくれた。
「少し話を聞いてくれるかしら?」
私は椅子を寄せ、患者さんの話を聞いた。
病気のこと。
家族のこと。
退院後の不安のこと。
患者さんは、ぽつりぽつりと言葉をこぼした。
私は特別なことは何もしていない。
ただ目を見て、頷きながら話を聞いていただけだった。
しばらくして患者さんは言った。
「忙しそうだから、誰にも話せなかったの。」
患者さんはベッド脇のナースコールを見つめた。
「これね、何度も手に取ったのよ。」
私は思わずその先を待った。
「でも、不安だから来てくださいなんて、言えなくてね。」
患者さんはそう言って、少し笑った。
「聞いてくれてありがとう。」
私はその言葉にハッとした。
病棟では、一日中ナースコールが鳴っている。
痛みがある。
苦しい。
トイレに行きたい。
そうした声は、ボタンひとつで看護師に届く。
でも、不安はどうだろう。
寂しさはどうだろう。
退院後への恐怖はどうだろう。
「少し話を聞いてほしい」
その気持ちは、ナースコールでは呼べない。
忙しそうだから。
迷惑をかけたくないから。
患者さんは、言葉を飲み込んでいたのだ。
私は勘違いしていた。
寄り添う看護とは、長い時間をかけて話を聞くことだと思っていた。
でも違った。
大切なのは時間の長さではない。
目の前の人に心を向けること。
その人が口にできなかった思いに気づこうとすること。
翌日から、私は患者さんとの関わり方を少し変えた。
検温の時。
清潔ケアの時。
ベッドサイドを訪れたわずかな時間。
「昨夜は眠れましたか?」
「何か気になることはありませんか?」
患者さんの目を見て、一言でも二言でも言葉を交わすようにした。
すると患者さんは、ふっと表情をやわらげてくれた。
寄り添う看護は理想論ではなかった。
忙しい現場の中にも、確かに存在していたのだ。
あれから5年。
私は看護師として働いている。
忙しい日は今でもある。
思うように時間が取れない日もある。
それでも私は、患者さんの目を見る。
病室のドアを開くたびに思い出す。
あの日の患者さんの言葉を。
病棟では今日もナースコールが鳴っている。
けれど本当に大切な声は、鳴らないことがある。
不安。
寂しさ。
誰かに聞いてほしい気持ち。
あの日の患者さんが教えてくれた。
鳴らなかったナースコールの向こうにある思いを。
だから私は今日も、その声に耳を澄ませている。
鳴らなかったナースコール