息子の、おめで鯛(たい)笑顔

家族

「かっとばせー〇〇!」

また始まった。

リビングのTVではプロ野球のナイトゲーム。

中一の息子はノリノリでヤクルトの応援歌を歌っている。

「少しボリューム下げてくれる?」
 
 
イライラを見せないようにできるだけ穏やかに声をかける。
 
 
 
 
きっかけはスマホの野球ゲームだった。
 
 
『流行ってるんだよね』と言いながら

よっしゃ!とガッツポーズをしているうちはかわいいものだった。
 
 
そのうちにオンラインで友達と話しながらゲームをするようになると、

私の声が届かなくなっていったのだ。
 
 
「ねぇ、そろそろ風呂入ってほしいんだけど!」
 
 
 
──無音。
 
 
 
「宿題もやってないよね。スマホいじる時間長くない?」
 
 
強めの声で話しかけると、ようやく片耳からイヤホンをすっと抜いた。
 
 
「今、友達と野球ゲーム中。もう終わるから五分待って。」
 
 
私がムッとしているのを感じ取ったのか、

『ごめん、やめるね』

と友達に告げると、息子はそそくさと風呂場へ消えていった。
 
 
 
もう!
 
 
この間も同じやり取りしたよね?
 
 
あとさ。
 
 
ご飯中もこっそりスマホで試合経過をチェックしてたでしょ。
 
 
バレないようにしてるかもだけど、お母さんちゃんと見てるんだからね。
 
 
ちゃんとおかずも味わってよ!
 
 
 
こうして野球に対する私のモヤモヤは日に日に膨らんでいった。
 
 
 
 
 
そんなある日、学校から帰ってきた息子がおずおずと口を割った。
 
 
「来週、友達とヤクルト戦行っていい?」
 
 
 
 
…野球好きになってからの展開早くない?
 
 
でも好きなものを止める権利は私にはない。
 
 
 
「…ちゃんと宿題終えられるならね。」
 
 
 
息子の顔がパッと明るくなる。
 
 
「やるやる!」
 
 
そう言うと、息子はすぐにスマホで友達と連絡を取り合い始めた。
 
 
 
 
 
「ただいまー!」
 
 
試合から帰宅した息子の左手首には、つば九郎のリストバンドがはまっていた。
 
 
「いやあよかった!」
 
 
嬉しそうに話す息子の頬は赤らんでいる。
 
 
 
「お年玉で買ったの、見て!」
 
 
鳴り物、応援用ミニ傘、推し選手の名前入りタオル、サインボール。
 
 
リュックからは、応援グッズが次々に飛び出してきた。
 
 
 
…え、買いすぎでは。
 
 
 
と言いたくなるところをぐっと抑える。
 
 
 
しかし、
 
 
「いいでしょ?」
 
 
そう言われた瞬間、ふと頭に、ある光景が浮かんできた。
 
 
 
数日前、自宅に届いた段ボール。

私と娘が推しているアイドルのグッズだ。
 
 
「いいねいいねー!!」
 
 
…私たちもそう言って開封したっけ…。
 
 
 
「応援用ミニ傘は二種類買ったんだ!」
 
 
ふたつの傘を開いて、描かれたつば九郎の絵の違いを教えてくれる。
 
 
にこにこ笑顔がとまらない。
 
 
 
…生写真を開封するときの私も、こんな顔をしているのかしら??
 
 
 
 
グッズ集めるのって、楽しいよね。
 
 
私もこの年になって、まさか生写真やアクスタを買うことになるとは思わなかったもん。
 
 
 
 
…そうか。
 
 
野球で好きなチームを応援するのって、私の推し活と同じことだったのか!
 
 
 
 
「…ちょっと見せて?」
 
 
片方のミニ傘を広げてよくよくデザインを眺めてみる。
 
 
つば九郎と鯛。
 
 
鯛…?
 
 
つば九郎はVサインをしている。
 
 
 
「それはおめで鯛バージョン。かわいいでしょ?」
 
 
 
思わずぷぷっと吹き出してしまう。
 
 
たしかにかわいい。
 
 
「いいね、たしかに欲しくなっちゃう!」
 
 
「でしょ!? 傘もまだまだ10種類以上あったんだ!」
 
 
それは、集めたくなる!
 
 
 
さらに息子の顔が輝きだした。
 
 
「この二つの傘をつなげると、ほら!」
 
 
片方の傘の先端と、もう一方の傘のグリップをつなげると、二段になった。
 
 
「おぉ~!」
 
 
私の感嘆の声に、なんだか誇らしげだ。
 
 
「今日は友達のとつなげて五段にしてきた!」
 
 
え~!
 
 
それはちょっとやりすぎ。
 
 
でも、やりたくなるよね!
 
 
 
 
なんだか息子のこんな笑顔を見たのは久しぶり。

推し活って、誰かを応援するって、こんなにも幸せそうに見えるんだ。
 
 
 
 
「これも見てー!」

まだまだ床にグッズを並べていく息子。
 
 
 
ふふふ。

気持ちがわかってしまったからには仕方がない。

君のおめで鯛!?笑顔に免じて許してやろう。

50代。事務職。夫・娘・息子の四人暮らし。日常のささいな気づきやクスッと笑えるような出来事で幸せを感じていただければ。趣味、スピ活、推し活、食べることなど。

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