──娘は一学期乗り切れるだろうか…
入学式後、初めて教室に入った時。
私はまずそんなことを思っていた。
去年も、おととしも、
夏前から少しずつ学校に行けなくなっていたからだ。
娘は先月までいわゆる『不登校』だった。
久しぶりに始まる学校生活に、
親の私も不安を抱えていた。
「はじめまして。2組担任のMです。」
高校最初の保護者会が始まると、先生が挨拶を始めた。
見た感じはまだ30歳前後。
若いな…
大丈夫…?
そして簡単な自己紹介のあと、こう続けた。
「僕の奥さんには心の病があります。」
え…?
「新生活が不安な生徒もいると思います。
だからこそ、なにかあれば伝えてください。
全力で向き合います。」
なんで、そんなことをみんなの前で公表したんだろう…
もしかして、同じような理由で学校生活を不安に思う生徒と保護者を
安心させようとしている…?
一見若くて、経験値もなさそうに見えたけれど、
その言葉は力強く感じた。
もしかしたら、いろいろ苦労されてるのかもしれない。
もしかしたら、
心が不安定な娘のことも、先生ならわかってくれるかもしれない…
案の定、娘は4月ですでに何日か欠席した。
「前髪がうまくいかない」
「お腹が痛い」
そう理由を見つけては
布団にもぐる。
最初のうちは、
それも仕方がない。
まだ4月だもの、と
自分に言い聞かせていた。
しかし、5月に入っても
同じペースで娘の欠席は増えていった。
先週は3回、
今週は2回、
増えていく欠席日数を数えては、呼吸が苦しくなる。
──どうしよう、まだ2カ月しかたっていないのに…
高校は出席日数が足りなければ進級できない。
娘は本当にわかっているのだろうか?
私の頭の中で同じ思考がぐるぐるまわる。
夏休みまで本当に乗り切れるだろうか…
4月から連日休んでしまったことで、
M先生には正直に事情を話さないわけにはいかなかった。
娘が中学時代、不登校だったこと。
人とのコミュニケーションに不安を抱えていること。
でも、高校生活に希望をもって入学したこと。
先生はその一つ一つをていねいに聞いてくれた。
そして一通り私が話し終わると、ひと呼吸おいてこう言った。
「休むことで体や心の調子が整うのであれば、有意義な休みです。」
…あ
わかってくれているんだ。
先生のこの一言は、私の心にかすかな安心をくれた。
しかし、6月以降このアップダウンはさらに拍車がかかっていく。
「もう学校行かない」
と落ち込んでは休む、の繰り返し。
先生はそのたびにメッセージをくれた。
「今の時点ではまだ(休んでも)大丈夫です」
「先日のミニテストはいい点数でした。本人にも伝えてください!」
この頻繁なやりとりは、
まだ娘は見捨てられていない、
というささやかな安心感を私に与えてくれた。
しかし行けていないことには変わりない。
娘の欠席が増えれば
もう、やめて
と思い、
登校できても
よかった、けど…また休んでしまうかも…
と不安になる。
娘に共鳴して、私の不安定な日々は続いた。
そして7月。
娘は五月雨登校を繰り返しながらも、
どうにか一学期を無事に終えることができた。
──やっと、夏休みだ…
しばらくは欠席日数のことを考えなくてもいい。
ほっとしていると、修了式を終えた娘が一枚のプリントを持って帰ってきた。
「欠席が多かったから三者面談があるみたい。」
え?
…三者面談?
一体何を話されるんだろう…
当日、不安なまま娘と学校へ向かうと、M先生は笑顔で教室に迎えてくれた。
先生にうながされて、娘と並んで向かいの席に座る。
大きく深呼吸を一つ。
「娘は欠席が多かったと思うのですが、大丈夫でしょうか…?」
思い切って聞いてみた。
すると、先生から返ってきた言葉は、予想とは全く違っていたのだ。
「彼女の取り組みを見ている限り、僕は全く心配していません。」
にこにこ笑顔だ。
胸がギュッと熱くなる。
「次お母さんにお会いするのは、卒業式になると思います。」
…え
卒業式…
一年生の一学期すら乗り越えられるか不安だったのに
「卒業」まで見越してくれるなんて…
目の前がパッと開けた気がした。
私以上に娘を信じてくれる先生。
先生が言うと、『卒業式』が確定された未来に思えた。
そして
『次に会うのは卒業式』
という言葉は、私のお守りになった。
先生の励ましもあり、二学期から娘の欠席は格段に減っていった。
そしてどうにか三学期まで走り切り、一年次を無事修了。
進級できる…!
三学期の最後、先生にお礼のメッセージを送るとこんな返信が来た。
「見込んだ通り、娘さんは存分に力を発揮してくれました。担任として鼻高々です。」
先生…
「二年後の卒業式で、お母様と話すことを楽しみに、全力で指導いたします。」
娘を信じてくれて、ありがとう。
信じようと思わせてくれて、ありがとう。
二年後の卒業式で先生にお礼を言おう。
あの時の言葉で、信じることを選択できましたと。
そして。
二年後の娘へ。
「三年間よく頑張ったね。卒業おめでとう!」
そう言える日が今から待ち遠しい。
二年越しの約束