秋の虫取り

家族

「おばあちゃん、そっちに行ったよ」
 
 

五歳の子の声に呼ばれて振り返ると、草むらの向こうでユウ君が手を振っている。
 
 
「ユウ君、そこ、くっつきむしの葉っぱ」
  

「分かってる」
  

分かっていると言いながら、足元はすでに秋の罠だ。
 
 
私は内心ため息をつきつつ、草をかき分けて近づく。
 
もう帰りたい。
 

でも、ユウ君はまだ夢中だ。
 
 
今度はユウ君が、「おばあちゃん、くっつき虫の葉っぱがあそこにあるよ。」という。
 

「大丈夫。」と返事したが、時既に遅し。
 

別のくっつき虫に、やられていた。
 
 

けれど、こんなふうに孫と遊べる時がくるなんて…..
 
私はずっと、ユウ君に嫌われていたのだ。

 
 

ユウ君は、私の次女の息子。
 
生まれた時は本当に皆喜んで、抱っこの争奪戦だった。
 
けれど、一歳になって人見知りが始まってしまう。
 

それまでだっこさせてくれていたのに、突如として、私を嫌い始めた。
 
歩く時はママがいいからと言って手も繋いでくれない。
 
色々買い与えても、お礼はいつもおじいちゃん。
 
沢山のお土産を持ってユウ君家を訪ねた時も、私が後ろに居るだけで、ユウくんは固まって、振り返ろうともしなかった。
 
人見知りとはいえ、何がそんなに気に入らないのか、教えてほしいと本気で思った時期もある。
 
  

けれど、この頃はちょっと様子が変わってきた。
 
それは、この虫取りが原因に違いない。
 
春の蝶々やトンボ、夏の蝉とりも大いに付き合った。
 
そして、獲物はいつも大量。
 

けれど、パパは、その獲物に「20分経ったら逃がす」という儀式をつくり、その度ユウ君を泣かせた。
 
 
ママだって、実家に帰ったときくらいはと、ゆっくりしたがった。
 
 
私は、何でも言うことを聞いて、付き合って公園へも連れて行く。
 
 
「虫取りには丁度いい存在」として、信頼されているらしい。 

 
 
 

秋になり、蝉の声はほとんど聞こえなくなった。
 

今日の獲物はバッタ。
 
 
日差しは相変わらず強く、首筋がじりじりと焼ける。
 
 
水分補給のために持ってきた水筒は、なぜかいつもより重い。
 
 
正直に言えば、思う。
 
 
――私は何をやっているんだろう。
 
 
「ちょっと休憩。」と言って、私はベンチに座った。
 

私の服はくっつき虫だらけ。
 

思わず、くっつき虫取りに夢中になる。
 

それを見て、ユウ君も隣にすわる。 
 

しかし、早く虫取りに行きたそうで、足をぶらんぶらんさせている。
 
 

ーー秋の風が、頬を撫でる。
 
 
 

すると、隣にすわったユウ君が不意に呟いた。
 
「前は、おばあちゃんのこと、あんまり好きじゃなかったけど、今は好き」
 

えっ、 
 
私はくっつき虫を取る手を止めて、ユウ君の顔を見る。
 

ユウ君は何でもないように前を向いていた。
 

五歳の言葉は驚くほどあっさりしている。
 
 
しかし、私には、まるで長いトンネルを抜けて天国に来たように思えた。
 
 

「おばあちゃん、いま、バッタが飛んだよ。」
 
と言って、ユウ君は私の手を引いた。 
 

私は草むらにもどされる。
 

草むらでバッタを追う小さな背中を見つめながら、
 
子どものたくましさと、今この時間に関われる幸せを、静かに感じていた。
 
 

もう、そろそろ娘夫婦が帰る時間が近づいた。
 
「ユウ君、もう帰ろう」
 
「やーだ」

 
「さっき家の庭で逃したアゲハチョウが、きっと戻って来ているはず。」
 
 
あの手この手で説得し、ようやく公園を出る。
 
 
手を繋ぎ、沢山の獲物の入った虫籠を賞賛しながら歩く。 
 
 
 
 

待っていた娘は、

「こんなにくっつき虫がついたら、終わりやん。早く脱ぎなさい。」
 
 
私まで、大目玉を喰らう。
 

 
 
けれども、幸せな気持ちのままだった。

60代。 夫の両親と同居、パン屋歴35年以上の主婦です。 子育て卒業後、新しい自分の可能性を探求中。 家族や地域の人々との関わりの中での気づきをエッセイにしています。

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