──わたし、見られてる…
背後に視線を感じた。
私は脚立に乗って、冷蔵庫の上の埃を取っていた。
眉間にしわを寄せて、クイックルハンディを動かしながら、気づかないフリをしていた。
でも、
──まだ見てる…
──こわっ…
ゆっくり振り返ってみた。
そこに立っていたのは…………、やっぱり、夫!!!
私のすぐ後ろ、1mも離れていない所に、突っ立っているではないかっ!!!!
そしてなぜか手には、半透明のビニール袋。
両手で口を広げたまま、無言でじーっとこちらを見つめている。
……何やってんの???
何か言えーーー
私は心の中で叫んだ。
夫には昔から、人をじーっと見る癖がある。
本人いわく、「人を観察するのが好き」なだけらしいが…。
そんなこと人にはわからんのだ!!
電車でも、食事の席でも、とにかく見る。
散歩中の犬ですら、視線に気づいて見つめ返す。
結婚前、私はそれが気になりすぎて、占い師にまで相談した。
「彼を宇宙人だと思いなさい」
……はぁ??
「未知の世界の人だと思えば、許せるでしょ」
「10年もすれば彼は変わるから」
占い師の、ウソつきーー!!
10年経っても、変わってませんからーー!!
そして今まさに、その癖が目の前で炸裂している。
私は夫に強めの口調で、換気扇を掃除しておいてとお願いしていたのだ。
だって、私が掃除を始めたというのに、夫はスマホを見てくつろいで、
全然手伝おうとしないんだから。
今日は掃除にうってつけの、晴れの日だというのに…。
私が掃除してるんだから、動けっ!!
もしかしたらそんな私の苛立ちが、全身から滲みだしていたのかもしれない。
夫はその気配を感じ取ったのか…。
無言でゴミ袋を広げ、私の背後に立っていた。
また、この癖か…。
そう思っていると、夫がぽつりと言った。
「はい」
そう言って、ゴミ袋を差し出した。
───ん?…「このゴミ袋に、埃を入れな」って言ってるの??
確かにゴミ袋の口は、クイックルハンディの埃を受け取るために、
私の手元の高さで開かれていた。
私の動きを邪魔しない、妙に気の利いた距離だ。
後ろに突っ立っていたわけじゃなくて、待機してた??
あぁ、私を気にかけてくれたのかな…
そう頭ではわかる。
でも次の瞬間、
見てないで動いてよ!
という言葉が、喉まで上がってくる。
…いつもの私なら、たぶん言ってた。
「何してるの!」
「見てるだけなら、手伝ってよ」って。
そうやって空気がピリッとして、無言の時間が始まっていた。
でも、その日は違った。
私はいったん息を吸った。
宇宙人には宇宙人のやり方がある…そう思い出してみる。
そして、言葉を飲み込んだ。
少しだけ、飲み込めた。
「……換気扇、お願い」
夫は軽くうなずき、何も言わずに動き出した。
こうして、秋の大掃除が始まったのだった。
十年経っても、夫は変わらない。
相変わらず、かなり宇宙人だけど…。
でも私は最近、少しだけ違う。
理解できたわけじゃない。
癖が好きになったわけでもない。
ただ、前よりほんの少し、ひと呼吸おけるようになった。
夫は相変わらず。
変わったのは、私らしい。
占い師の予言、的中!!まぁ、変わったのは、私だけど。