ハの字眉毛の部長がうつむいた日

2026.07.14
人間関係

「すみません。」

「ごめんなさい。」
 
 
それが私の口癖だった。
 
 
 
いつも人の顔色を見てしまう。
 
 
何でも自分のせいと思い、いつも縮こまっていた。
 
 
 
いいなぁ。人の目を気にせず何でも話せる人って。
 
 
天真爛漫な人が羨ましくて仕方なかった。
 
 
 
人からどう見られるかが、いつもとても気になる。
 
 
嫌われないように、怒られないように。
 
 
そんなことばかり考えて、自分のことで精いっぱい。
 
 
自分に自信がなくて、誇れることなんて何もなかった。
 
 
 
 
そんな私にある転機が訪れる。
 
 
 
それは、私が大学3年生の冬のある日のことだった。
 
 
「ミーティングでーす。」
 
 
部員全員が部室に召集された。
  
 
わらわらとみんなが部室に集まる。
 
 
部員は総勢30人ほど。
 
 
狭い部室がぎゅうぎゅうだ。
 
 
おかげで暖房なしでも寒くなかった。
 
 
 
私は当時、英語研究部に所属していた。
 
  
英語ができたからではない。入学式での勧誘にまんまと引っかかったのだ。
 
 
それでも真面目な私は、せっせと部活に参加していた。
 
 
通常の活動は部室ではなく、図書館など別のところだったが、
 
 
その日は急遽部室に集められたのだ。
 
 
 
―― なんだ?この重たい空気は?
 
 
 
なんだか不穏な予感。
 
 
 
みんなが着席すると、誰かが口火を切った。
 
 
「先日起こったトラブルについて、みんなの意見を聞きたいんだけど。」
 
 
部内で起こったとある問題について話をするという。
 
 
その問題についての話が進むうち、
 
 
 
「なんでそんなことしたんですかー?」
 
 
「それは良くないんじゃないですかー?」
 
 
 
みんなが急に、4年生の部長を責め始めた。
 
 
どうやら日ごろからの不満が噴出したようだった。
 
 
 
部長は理系で頭が良く、眉毛がカタカナの「ハ」の字で、見るからに優しそうな穏やかな人。
 
 
人の怒りを買うようなタイプではない。
  
 
 
「あ、えっと…。その…。」
 
 
 
部長は返事が出来ず、うつむいたままだ。
 
 
 
皆の声が大きくなり、だんだんヒートアップしてくる。
 
 
 
でも、私の見るところ、部長は全然悪くなかった。
 
 
代表としての責任があると言われればそうだけど、
 
 
本来みんなで決めて、みんなでやっていくものではないのか。
 
 
 
――部長、悪くないんだから言い返せばいいのに。
 
 
みんな全部部長のせいにして、言いたい放題言っているよ?
 
 
 
私は、ハラハラとイライラとの二つの感情に、
 
 
だんだん落ち着かなくなってきた。
 
 
 
そわそわと椅子に寄りかかったり、体を起こしたり、
 
 
みんなの顔をきょろきょろと見まわしたりした。
 
 
 
――同級生もかばわないの?友達なのに?
 
 
 本当に全員部長1人が悪いと思ってんの?
 
 
 みんな、なんなん?
 
 
 
私はだんだん腹が立ち、いてもたってもいられなくなってきた。
 
 
 
―― 言っちゃおうかな。
 
 
 
そう思ったら、急にドキドキしてきた。
 
 
心臓がめちゃくちゃ早く打っている。
 
 
痛いくらいだ。
 
 
心臓の音が耳のそばで大きく聞こえる。
 
 
心臓が口から飛び出しそうとはよく言ったもんだな。
 
 
掌にはじっとりと汗をかいている。
 
 
その手を上げようとしては引っ込め、上げようとしては引っ込めを数回繰り返した。
 
 
なかなか勇気が出ない。
 
 
 
でも…このままじゃ絶対だめだ!
 
 
 
 
 
 
「それ、本当に部長だけが悪いんですか⁈」
 
 
 
気がついたら、私は椅子を後ろに飛ばし、勢いよく立ち上がっていた。
 
 
顔がカーッと熱くなる。
 
 
 
「部長一人に何でもさせておいて、みんなで責めるんですか?おかしいと思いませんか?」
 
 
 
先輩も後輩もお構いなく睨みつけた。
 
 
 
しーーん…。
 
 
 
場が凍り付く。
 
 
誰も何も発しない。
 
 
 
 
――部長1人が悪いなんて絶対おかしい!
 
 
ただその想いでいっぱいで、人目を気にするいつもの自分はどこかへ行ってしまっていた。
 
 
人が理不尽に責められているのが、どうしても我慢ならなかったのだ。
 
 
人生で初めて、人からどう思われるかを超えて、声を上げた瞬間だった。
 
 
 
 
それからどれくらい時間がたっただろうか。
 
 
ひとりの先輩が口を開いた。
 
 
「そうだよな。お前ひとりを責めて悪かった。みんなで考えよう。」
 
 
部長に頭を下げたのだ。
 
 
―― か、かっこいい!潔いではないか!
 
 
私の体の熱がすーっと引いていくのが分かった。
 
 
―― 伝わった!
 
 
 
「そうだよね。」

「ごめんなさい。」

「みんなで考えなくちゃね。」
 
 
部室のあちこちから聞こえてきた。
 
 
 
 
静かに部長が口を開く。
 
 
「ありがとう。自分ももっとみんなに頼ればよかった。
 
ごめん。これからもよろしく。」
 
 
部室を見まわし、心底ほっとしたようだ。
 
 
 
重たい空気が一気に柔らいだ。
  
 
 
―― 良かった!
 
 
 
胸が熱くなった。
 
 
 
―― 私にもこんなことができるんだ。
 
 
 
思わず心の中で拍手した。
 
 
 
私は自分の行動を初めて誇らしいと思えた。
 
 
おまけに、自分の新しい一面を知ることができたのだ。
 
 
それは、何とも言えず清々しい気持ちだった。
 
 
こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
 
 
 
 
学校からの帰り道、大好きなレモンチューハイを買って帰宅。
 
 
ひとり、祝杯をあげた。
 
 
みんなが分かってくれたこと。
 
 
そして、
 
 
自分を誇りに思えたことに。
 
 
 
レモンのさわやかな香りとアルコールが、ふわっと心地よかった。

50代。道端の小さな花をしゃがみ込んでよく眺めています。ふっと肩の力が力が抜けたり、ほっこりしたり、そんなことをささやかなエッセイにしてお届けできたら、と思っています。

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