残酷で幸せな言葉

出産・育児

「きゅ、救急車!早く!」

雪がしんしんと降り積もる、真冬の夕方。

こたつに入っていても寒気がする、そんなある日のこと。

私の目の前には、変わり果てた娘の姿があった。

——白目をむいて、ピクピクと痙攣しているのだ。

こんな姿の我が子を前に、私は救急車と叫ばずにはいられなかった。

娘は昨日から熱を出していた。

「インフルエンザですね。」

病院でそう言われて、薬をもらった。

——インフルエンザかあ、まぁお薬あるし、すぐ治るかな

この時はまだ、軽く考えていた。

当時1歳の娘にとって、初めてのインフルエンザ。

テレビをつけると、インフルエンザ流行のニュースが流れてくる。

——これだけ流行っていたら、仕方ないか。

——5日間で治るみたいだし、来週末のお出かけはできるかなぁ。

呑気に、治った後の予定のことを考えていた。

こたつに入って、みかんを食べる私。

その横で、スヤスヤと寝ている娘。

娘の熱はかなり高かったが、通常のインフルエンザの経過だと思っていた。

暖かい部屋で、穏やかな時間が流れていた。

私も看病疲れか、少しうとうと…

と、その時だった。

「ウーウーウーウー」

娘のうめき声がした。

——はっ、何!?

うとうとしていた私はガバッと顔を上げた。

慌てて娘を見ると…

体がピクピクと痙攣している。

白目を向いていて、目が合わない。

口からは泡。

——恐ろしい姿がそこにはあった。

「まーちゃん!!まーちゃん!!」

咄嗟に大声で娘の名前を呼ぶも、反応はなし。

——何か聞いたことある!熱性痙攣ってやつ!?

『熱性痙攣』

言葉は聞いたことあるものの、当時新米母だった私に、詳しい知識はなかった。

「動かしちゃだめなんだっけ!?」

「体起こした方がいいんだっけ!?」

私は完全にパニックになっていた。

慌てて、別の部屋にいた旦那に向かって叫んだ。

「救急車!!早く!!」

旦那は大急ぎで駆けつけてくれた。

そしてこう言った。

「落ち着いて」

「は!?落ち着いて!?できるわけないでしょ!?」

まさかの旦那の発言に、私は怒りで泣き叫ぶ。

「早く病院行かないと!!」

そう私が言うのが先か、旦那は病院へ電話をしていた。

「落ち着いて、今すぐ病院来てってさ」

——え、救急車じゃないの!?

ごちゃごちゃ考えてる暇もなく、旦那は支度をしていた。

そして娘の痙攣が収まったのを確認すると、あっという間に娘を車に乗せた。

私も慌てて車に乗り込む。

雪だというのに、慌ててスニーカーを履いてしまった。

スニーカーに染み込んだ雪の冷たい感触が、ますます緊張を高める。

この頃には、娘と目も合っていた。

——よかった、いつもの娘ちゃんに戻ってる…

——でも、熱は高いし辛そう…

暗くなった車の中では、私のスマホの光だけが眩しく目立つ。

“インフルエンザでの熱性痙攣は、脳症を起こす危険が高くなるでしょう”

スマホの光の中に映しだされた、こんな記事が目に入る。

——脳症…?もし脳症になったら、障害が残るってこと…?

不安で心臓がギュッとなる。

——どうか、何事もありませんように…。

神に祈りながら、娘の小さな手を強く握る。

高熱のためか、手もいつもより熱くてますます不安になる。

病院までは、車で10分もかからないはずなのに、1時間くらいに感じた。

——早く、早く着いて…

そう念じながら、スマホに映し出される記事と、娘の顔を交互に見続けていた。

「入院しましょう。脳症の危険があります。」

「痙攣が再び起きると、脳症の確率が上がります。」

病院についてすぐ、お医者さんにそう告げられた。

私は目の前が真っ白になった。

——さっきスマホで見たやつだ

そう思ったが、理解は追いつかない。

わけもわからず、言われるがまま、されるがままに娘は入院したのだ。

——もう一回痙攣を起こしたらどうしよう

——目を離したすきに、容体が変わったらどうしよう

不安のあまり、一睡もできないまま夜が明けた。

こんなに長い1日は経験したことがなかった。

だが、そんな不安をよそに、娘はとても元気だった。

高熱は続いているものの、痙攣を起こすことなく、食欲もあり。

アンパンマンのシールで嬉しそうに遊ぶ姿も見られた。

繋がれた点滴の管が邪魔なのか、腕をぶんぶん振り回す元気も。

——このまま、どうかこのまま、回復していきますように…

私の神頼みは続いていた。

「もう大丈夫そうですね。脳症は起こしていません。」

入院して2日後、主治医からそう告げられた。

——よかった、本当によかった

張り巡らされていた緊張が、一気に解ける。

安心のあまり、止まらない涙。

アンパンマンのマーチが、軽快に病室に流れている。

「♪あ、あ、あんあんまーん♪」

娘にも私の安心が伝わったのだろうか、楽しそうに口ずさんでいる。

狭くて暗く感じていた病室が、急に明るく感じた。

体の緊張が抜けると、今度は疲れがどっときた。

ほぼ寝ていないからか、全身がだるい。

何だか寒気もしていた。

——こんな大変な日々だったからかな、そりゃ疲れるよね

——退院したら、あったかいご飯を食べてゆっくり寝よう

そう、この時の私には明るい未来が待っていた。

のだが…

次の日。

——ピピピピピ

そこには38.5℃と表示された体温計。

娘のではない。

私のだ。

——ん…?まさか…?

…そう、まさかの、私もインフルエンザになっていた。

——昨日のだるさと寒気は、まさかのインフルエンザのせいだったの!?

娘が退院したら、美味しいものを食べて、週末にはお出かけして…

そんな明るい未来は、見事に音を立てて崩れ去った。

もちろん娘はすっかり元気に。

ママが病気だなんてお構いなし。

家の中でも、雪の中でも、とにかく遊びたいお年頃だ。

そしてこんな残酷な…いや幸せな言葉を言い放ったのだった。

「ママ、いっしょにあそぼ♡」

——インフルになりながら、元気になった娘の相手をするのは、ツライよーーー!

小4、小3、年少の3姉妹の母。特別支援学校教員免許、児童発達支援士の資格を保持。「ゆるく」をモットーに日々息抜きしながら育児奮闘中。悩めるお母さん達の心に寄り添える記事をお届けできたらいいなと思います。

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