西野カナと娘の寝息

家族
「西野カナだよ!?」
 
目の前に、あの西野カナがいるというのに…
 
暗い会場内には、
キラキラしたファンの歓声が響き渡り、
カラフルなスポットライトが、
縦横無尽に舞っている。
 
そんな非日常の真っ只中で、
娘がぽつりと、こう言った。
 
「帰りたい」
 
…いやいや
公園やデパートとは違う。
そう簡単に帰れるわけがない。
 
なぜなら…
ライブは、まだ始まったばかりなのだから。
 
 
「もうはじまる?」
「ねぇ、まだ?まだ?」
 
 
会場に入場してから、ずっとそわそわして落ち着かない様子の娘。
 
 
それもそのはず…
 
もうまもなく、目の前のステージには、
娘が憧れてやまない”西野カナ”が現れるのだから!
 
(やっとこの瞬間がくるんだ…)
 
 
私は、娘がどれほど今日のライブを、
楽しみにしてきたかを知っている。
 
家でも車でも、ライブDVDを観て練習を重ねてきた。
 
テレビ画面に映る憧れの”西野カナ”になりきって、歌って踊る娘。
 
左手にはエアーマイクを持ち…
胸に手を当て、目を閉じて歌う娘。
 
その姿は…
と、に、か、く可愛い♡笑
 
それもこれも、すべてはこの日のため。
 
娘の夢が叶うことが、私も心から嬉しかった。
 
 
——そして、ついに
その瞬間がやってきた。
 
 
一気に辺り一面の照明が暗くなり、
会場内に流れていたBGMが止まった。
 
 
キャァァアーーーーッ!!
 
黄色いファンの歓声と盛大な拍手が、
会場に響いた。
 
 
私は娘を精一杯高く、抱き上げた。
 
「カナや〜んっ♡!!」
 
娘はペンライトを振りかざし、
大きな声で声援を送った。
 
 
ステージには、ずっとずっと会いたかった、
“西野カナ”の姿が!!
 
「キャーッ!カナやんだー!!(≧∀≦)」
 
大興奮の娘。
 
 
1曲目、2曲目、3曲目… ♪
 
練習してきた成果を、大いに発揮する娘。
 
パイプ椅子の上に立ち、
ペンライトをマイク代わりにして、
ノリノリだった。
 
——このまま、最高の思い出になる。
私は、そう信じて疑わなかった。
 
 
4曲目に差し掛かった、その時だった。
 
「ママ、帰りたい」
 
え……?
 
唐突に、娘から告げられた。
私は、頭が真っ白になった。
 
 
「音うるさい!」
「ライトまぶしい!」
 
映画館にもまだ行ったことのない娘。
あまりにも刺激的だったのだろう…。
 
胸の奥が、ズンと重くなる。
 
楽しんでいると思っていた。
いや、楽しませられていると、思っていた。
 
予定が崩れた気がして、焦る私。
 
私は、必死に娘を説得した。
 
「もう少しだよ?」
「がんばろ?」
 
しかし娘は、帰りたいモードが止まらない。
ぐずりモードも発動してきた。
 
「だっこ〜!」
今にも泣きそうな顔で、私に訴える娘。
 
 
……まじか。
 
 
これ以上グズられても嫌なので、
抱っこすることに。
 
 
何分経った頃だろうか。
 
 
スーーッ、スーーッ…
 
 
私の肩あたりから、寝息が聞こえてきた。
 
もしや…
そう思って娘の顔を覗いた…
 
寝てる?!
 
 
えーーーー!!!?
嘘でしょ?
 
この爆音の環境で寝れるなんて!!笑
 
す、すごい!
すごすぎるよ。
 
娘が寝てる間に、有名曲5曲くらいは歌った。

「会いたくて、会いたくて」
楽しみにしてたのにね…。
 
16キロの娘をずっと抱っこしながら、
私は一人でライブを満喫した。
 
 
そして…
 
30分程経った頃。
 
娘は、もぞもぞと起きて、
一言つぶやいた。
 
「あ〜!この歌、すきー!」
 
そして、
何事もなかったかのように、
すっきりとした表情で、ライブの続きを楽しみ始めた。
 
ノリノリで。
 
あぁ、眠かっただけなんだね。笑
 
この後は、ご機嫌で最後のアンコールまで、
ライブを満喫した。
 
小さい子と一緒にいると、
想像もしないことが次々に起こる。
 
今回は事前準備もしっかりしていた。
 
お腹も満たし、トイレも済ませ、
「これで大丈夫」と思っていた。
 
それでも思い通りにはいかない。
 
でも今なら思う。
 
「楽しまなきゃ」と一番力んでいたのは、
娘じゃなくて、私だったのかもしれない。
 
娘なりに、楽しめたのなら、
これがベストだったんだ。
 
娘の人生初ライブ参戦は、
こうして無事に(?)幕を閉じた。
 
「ライブたのしかったー♡」
 
その笑顔が全てを物語っていた。

30代 女の子の母。 読者と移動が好き。 自分の""心地いい""を大切に。 ひとりの人間として、母としての視点から、 エッセイを書いています。

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