「すみません。」
「ごめんなさい。」
それが私の口癖だった。
いつも人の顔色を見てしまう。
何でも自分のせいと思い、いつも縮こまっていた。
いいなぁ。人の目を気にせず何でも話せる人って。
天真爛漫な人が羨ましくて仕方なかった。
人からどう見られるかが、いつもとても気になる。
嫌われないように、怒られないように。
そんなことばかり考えて、自分のことで精いっぱい。
自分に自信がなくて、誇れることなんて何もなかった。
そんな私にある転機が訪れる。
それは、私が大学3年生の冬のある日のことだった。
「ミーティングでーす。」
部員全員が部室に召集された。
わらわらとみんなが部室に集まる。
部員は総勢30人ほど。
狭い部室がぎゅうぎゅうだ。
おかげで暖房なしでも寒くなかった。
私は当時、英語研究部に所属していた。
英語ができたからではない。入学式での勧誘にまんまと引っかかったのだ。
それでも真面目な私は、せっせと部活に参加していた。
通常の活動は部室ではなく、図書館など別のところだったが、
その日は急遽部室に集められたのだ。
―― なんだ?この重たい空気は?
なんだか不穏な予感。
みんなが着席すると、誰かが口火を切った。
「先日起こったトラブルについて、みんなの意見を聞きたいんだけど。」
部内で起こったとある問題について話をするという。
その問題についての話が進むうち、
「なんでそんなことしたんですかー?」
「それは良くないんじゃないですかー?」
みんなが急に、4年生の部長を責め始めた。
どうやら日ごろからの不満が噴出したようだった。
部長は理系で頭が良く、眉毛がカタカナの「ハ」の字で、見るからに優しそうな穏やかな人。
人の怒りを買うようなタイプではない。
「あ、えっと…。その…。」
部長は返事が出来ず、うつむいたままだ。
皆の声が大きくなり、だんだんヒートアップしてくる。
でも、私の見るところ、部長は全然悪くなかった。
代表としての責任があると言われればそうだけど、
本来みんなで決めて、みんなでやっていくものではないのか。
――部長、悪くないんだから言い返せばいいのに。
みんな全部部長のせいにして、言いたい放題言っているよ?
私は、ハラハラとイライラとの二つの感情に、
だんだん落ち着かなくなってきた。
そわそわと椅子に寄りかかったり、体を起こしたり、
みんなの顔をきょろきょろと見まわしたりした。
――同級生もかばわないの?友達なのに?
本当に全員部長1人が悪いと思ってんの?
みんな、なんなん?
私はだんだん腹が立ち、いてもたってもいられなくなってきた。
―― 言っちゃおうかな。
そう思ったら、急にドキドキしてきた。
心臓がめちゃくちゃ早く打っている。
痛いくらいだ。
心臓の音が耳のそばで大きく聞こえる。
心臓が口から飛び出しそうとはよく言ったもんだな。
掌にはじっとりと汗をかいている。
その手を上げようとしては引っ込め、上げようとしては引っ込めを数回繰り返した。
なかなか勇気が出ない。
でも…このままじゃ絶対だめだ!
「それ、本当に部長だけが悪いんですか⁈」
気がついたら、私は椅子を後ろに飛ばし、勢いよく立ち上がっていた。
顔がカーッと熱くなる。
「部長一人に何でもさせておいて、みんなで責めるんですか?おかしいと思いませんか?」
先輩も後輩もお構いなく睨みつけた。
しーーん…。
場が凍り付く。
誰も何も発しない。
――部長1人が悪いなんて絶対おかしい!
ただその想いでいっぱいで、人目を気にするいつもの自分はどこかへ行ってしまっていた。
人が理不尽に責められているのが、どうしても我慢ならなかったのだ。
人生で初めて、人からどう思われるかを超えて、声を上げた瞬間だった。
それからどれくらい時間がたっただろうか。
ひとりの先輩が口を開いた。
「そうだよな。お前ひとりを責めて悪かった。みんなで考えよう。」
部長に頭を下げたのだ。
―― か、かっこいい!潔いではないか!
私の体の熱がすーっと引いていくのが分かった。
―― 伝わった!
「そうだよね。」
「ごめんなさい。」
「みんなで考えなくちゃね。」
部室のあちこちから聞こえてきた。
静かに部長が口を開く。
「ありがとう。自分ももっとみんなに頼ればよかった。
ごめん。これからもよろしく。」
部室を見まわし、心底ほっとしたようだ。
重たい空気が一気に柔らいだ。
―― 良かった!
胸が熱くなった。
―― 私にもこんなことができるんだ。
思わず心の中で拍手した。
私は自分の行動を初めて誇らしいと思えた。
おまけに、自分の新しい一面を知ることができたのだ。
それは、何とも言えず清々しい気持ちだった。
こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。
学校からの帰り道、大好きなレモンチューハイを買って帰宅。
ひとり、祝杯をあげた。
みんなが分かってくれたこと。
そして、
自分を誇りに思えたことに。
レモンのさわやかな香りとアルコールが、ふわっと心地よかった。