靴が履ける日まで

2026.07.29
出産・育児

「もう、いい加減にして!」

  
 
玄関に立ったまま、私は太ももの横でこぶしを握っていた。

 

我慢していた言葉が、いっきに吹き出した。

 

娘の泣き声が、ふっと途切れる。

 

娘は、私をじっと見ている。

 

外からは、近所の人の話し声が聞こえてくる。

 

なのに、玄関だけは時間が止まったみたいに静かだった。

 

「ママ、大っ嫌い」

 

そう言った娘は、顔をくしゃっと歪めた。

 

そのまま、床へ崩れ落ちた。

 

「もう、わかんない。わかんない。わかんない」

 

娘の泣き声が、叫び声に変わっていく。

 

娘の中で、何かがぷつんと切れてしまったように見えた。

  
 
 
 
 
 
娘は、保育園の頃から、行きたくない気持ちを抱えていた。

 

朝になると泣いた。

 

靴を履く前にも、泣いた。

 

泣く娘を先生に託し、私は会社へ向かう。

 

どんなに泣かれても、私は保育園へ連れていった。

 

それが親の役目だと、信じていた。

 

小学校に入ってからも、行き渋りは続いた。

 

一年生の頃は、半年ほど一緒に登校する日々。

 

「ママ、帰らんといて」

 

私の胸が、ぎゅっとなる。

 

それでも落ち着けば、娘は学校で楽しそうに笑っていた。

 

(この子は、背中を押せば行ける子なんだ)

 

私はそう信じたかった。 

 

勉強はできなくてもいい。

 

でも、休むのは一日だけ。

 

それが、私の中の決まりだった。

 

小学校三年生になると、休みたいと言う日が少しずつ増えた。

 

それでも一日休めば、次の日は行ける。

 

学校はしんどくても行くもの。

  

私自身が、そう生きてきた。

  

だから娘にも、我慢して行ってほしかった。

  

娘には、発達障害の診断があった。

  

大人数の中に入ると、体に力が入る子だった。

  

ざわざわした教室。

  

急に変わる予定。

  

先生の大きな声。

  

そういうものに、人よりずっと疲れやすいことも、私は知っていた。

  

いつか学校へ行けなくなる事も、覚悟していた。

  

それなのに、その現実が目の前まで来ると、受け入れられなかった。

  

(まだ行ける)

  

そう思わないと怖かった。

  

けれど、小学校四年生になると、一日休んでも次の日に行けなくなった。 

  

夜になると、娘の顔が曇る。

  

明日の準備をしながら、涙をこぼす。

  

「明日、学校行きたくない」

  

またその言葉だ。

  

私の胸が、ずんと重くなる。

  

「でも昨日も休んだやん」

  

「学校行きなさい」

  

娘は首を振る。

  

「明日は行くって言ったやん」

  

私の声が、だんだん大きくなっていく。 

  

娘は泣きながら椅子を蹴った。

  

私も怒った。

  

私の口から、言わなくていい言葉まで飛び出した。

  

私たちは、ぶつかるたびに笑顔をなくしていった。 

  

夜になると、心が重い。

  

朝になると、もっと重い。

  

学校の話をするだけで、娘の体が固まる。

  

私の心も固まっていく。

  
 
 

そして、あの玄関の朝が来た。

  
 
 
 

「わかんない。わかんない。わかんない」

  

娘は同じ言葉を繰り返していた。

  

私は、何も言えなかった。

  

娘の声は、もう泣き声ではなくなっていた。 

  

次の瞬間だった。

  

ドッ。

  

鈍い音がした。

  

一瞬、何の音かわからなかった。

  

娘の肩が、びくっと揺れる。

  

ドッ。

  

もう一度、音が玄関に響く。

  

そのとき、私は見た。

  

娘の小さな手が、自分の頭に向かって振り下ろされていた。

  

(え、何してるの)

  

頭の中が、真っ白になった。

  

止めなきゃ。

  

そう思うのに、足が動かない。

  

「わかんない。わかんない。わかんない」

  

娘は同じ言葉を吐き出しながら、何度も自分の頭を叩いていた。

  

娘が、自分を傷つけている。

  

 

そう気づいた瞬間、

  
 
 

「やめて!」

  
 
 
 

私の声が、裏返った。

  

(違う)

  

(背中を押していたんじゃない)

  

(私が、この子を追い詰めていた) 

  

胸の奥がすっと冷たくなった。

  

学校に行けなくなる。

  

それも怖かった。

  

でも、娘の心が壊れてしまうこと。

  

その方が、ずっと怖かった。

  

私は娘の未来を守ろうとしていたつもりだった。

  

でも本当は、学校に行けない娘を受け入れるのが怖かった。

  

だって、私はしんどくても学校へ行ってきた。

  

私は、我慢してきた。

  

私は、頑張ってきた。

  

私は。

  

その「私は」ばかりで、娘のしんどさを見ようとしていなかった。

  

私は、自分のものさしで娘を測っていた。

  

でも、娘は私ではない。

  

私が耐えられたことを、娘も耐えられるとは限らない。

  

娘には、娘の心がある。

  

次の日、私は学校に電話をした。

  

「一週間、お休みさせてください」

  

受話器を持つ手は震えている。

  

休ませることは、まだ怖かった。

  

それでも電話を切ったあと、家の空気が少しだけ軽くなった気がした。

  

娘はソファでだらんと寝転んでいた。

  

くだらない動画を見て、娘が笑っている。

  

その笑い声に、私は洗濯物を干す手を止めた。

  

(ああ、この声、久しぶりに聞いた)

  

ハンガーの向こう側が、にじんで見える。

  

娘の「行きたくない」は、わがままではなかった。

  

心が出した、精一杯のSOS。

  

学校は大切だ。

  

それは今でも思っている。

  

それでも、私はもう娘の背中を無理やり押したくない。

  

あの日、時間が止まった玄関で、いつか娘が安心して靴を履けたらいい。

  

学校へ行かせる私ではなく、娘の朝を守れる私でありたい。  
 
 
 
 
 

40代|中1の娘、愛犬おもちと暮らす。 思い通りにいかない子育て、日々の中でくすぶる本音。 飲み込んできた感情をすくい取り、エッセイとして綴っています。 キャンプ、犬との暮らし、音楽、心が動く言葉が好き。

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