「おきて」破りの遊び

つれづれ

「そんなことも分からんのか!」
 
 
 
父はとても短気な人で、言われたことにすぐ返事をしなかったり、
 
 
すぐ行動しなかったりすると怒鳴り散らした。
 
 
「分からない」も禁句。
 
 
何を言っても言わなくても怒られた。
 
 
私には子どもの頃の記憶があまりない。
 
 
家では怒られてばかり。
 
 
 
私は、なんで生まれてきたんだろう?

私なんて、誰の役にも立たないんだ…。
 
 
 
そんなことばかり考えている子どもだった。
 
 
 
気がついたら、
 
 
誰が相手でも、何を言ったら大丈夫なのかを考えないと喋れなくなっていた。
 
 
やっと発した言葉も間違えているらしく、
 
 
たくさん誤解された。
 
 
だからいつもひとりぼっちだった。

余計なことは、

・言っちゃダメ

・やっちゃダメ

・目立っちゃダメ
 
 
私の中に「おきて」を作った。
 
 
真面目な私は、誰に言われたわけでもないのに、忠実にそれを守っていた。
 
 
 
 
そんなある日、事件は起こった。
 
 
 
小学2年生の昼休みのこと。
 
 
外はいい天気。青い空に白い雲が浮かんでいる。
 
 
「ドッジボールしよう!」

「鬼ごっこしよう!」
 
 
みんなは外に遊びに行ってしまった。
 
 
 
――またひとりぼっちだ。
 
 
 
私は教室の片隅で、学級文庫の本を読むことにした。
 
 
ちょっと疲れて顔を上げると、人気のないがらんとした教室。
 
 
改めてひとりぼっちを感じる。
 
 
沈む気持ちで教室を見まわすと、
 
 
――あれ?
 
 
机があちこちに向いている。
 
 
床に目をやれば、椅子に掛けたはずの誰かの上着が落ち、紙くずなどが散乱していた。
 
 
 
いつもなら気にしない。
 
 
それに、私には「おきて」がある。
 
 
余計なことはしちゃいけないんだ。
 
 
 
その時ふいに、心の奥からこんな声が聞こえてきた。
 
 
(ねえ、散らかってるよ。誰も見てないから、片づけちゃいなよ。

先生いつも片づけなさいって言うでしょ。)
 
 
――え?でもダメでしょ。
 
 
「おきて」を破るなんて、罰当たりなことできるわけない。
 
 
でも、確かに誰もいない。
 
 
 
ある思いがむくむくと頭をもたげてくる。
 
 
――ちょっとくらいいいかな。
 
 
誰も見てないし、今日くらい「おきて」を破ったって、だいじょうぶだよね!
 
 
 
まるで泥棒でもするかのようだ。
 
 
ドキドキと高鳴る胸を抑えながら、
 
 
 
……やる!
  
 
 
意を決し、私は本を置いて立ち上がった。
 
 
 
そして。
 
 
 
私は机を整え、上着を拾い、ゴミを捨てた。
 
 
 
よし!
 
 
 
改めて、隅っこから教室全体を眺める。
 
 

「わぁ…。キレイになった!」
 
 
 
思わず声が出た。
 
 
やりきった感が胸に満ちていく。
 
 
 
――ん~、気持ちいい!
 
 
 
外からの明るい日差しに、教室がきらきらしている。
 
 
きっと私もきらきらしてる!
 
 
そう思うともっと嬉しくなった。
 
 
「おきて」を破ったことなんて、忘却の彼方だ。
 
 
 
気持ちよさに味を占めた私は、1人になるたび、教室を整えた。
 
 
そのうちに、人がいるときでもやりたくなってきた。
 
 
もちろん、こっそりとだ。
 
 
誰かが消しゴムを落としたら、気づかれないようにさっと拾う。
 
 
ぐちゃぐちゃの本棚をきれいにする。
 
 
どうやら私は細かいところに目が行くようだ。
 
 
人が気づかないようなところを探しては、そっと整えた。
 
 
 
――ん~。気持ちいい!
 
 
 
私は、私だけの新しい遊びを見つけたのだ。
 
 
「余計なことはしちゃいけない」という「おきて」を、ひそかに破り続けながら。
 
 
 
そんなある日、
 
 
担任の先生から声をかけられた。
 
 
――え? 私、何かした?
 
 
「おきて」破ったから罰が当たったの⁈
 
 
不安で胸がドキドキする。
 
 
 
ところが、
 
 
先生は優しい笑顔でこう言った。
 
 
 
「あなたって、縁の下の力持ちね。」
 
 
―― ?
 
 
「エンノシタノチカラモチ?」
 
 
 
初めて聞く言葉だ。
 
 
 
「見えないところでがんばって、みんなの役に立ってくれる人のことよ。」
 
 
 
先生は言葉の意味を教えてくれた。
 
 
怒られるのかと思ったのに、思いもかけない言葉だった。
 
 
 
――みんなの役に立ってる?私が?
 
 
 
親にも誉められたことのない私が、誉められた?
 
 
 
すぐには信じられなかった。
 
 
しかも先生は、私が誰にも気づかれないようにやっていたことを、ちゃんと見ていてくれたのだ。
 
 
私にとっては、ただの「おきて」破りの遊び、ただの自己満足だったのに。
 
 
 
体がぽかぽかと温かくなった。
 
 
 
「縁の下の力持ち」
 
 
――なんて素敵な言葉だろう。
 
 
 
誰の役にも立たないダメな人間だと思っていた私に、
 
 
「私でも人の役に立てるんだ」
 
「誰かの力になれるんだ」
 
 
と思わせてくれた先生の言葉。
 
 
それは、私の心に温かな明りを灯してくれた。
 
 
 
それからも私は、相変わらず人前で何かをするのは苦手だし、自信もない。
 
 
だけど、私には強力なお守りができた。
 
 
 
誰も見ていないところで、
 
 
誰かの影になっているところで、
 
 
誰かの役に立てることをする。
 
 
それだけで、「私にも、できることがあるんだ」と思えるようになった。
 
 
 
「縁の下の力持ち」
 
 
 
「おきて」破りの遊びでみつけた、私だけの大切なお守りだ。

50代。道端の小さな花をしゃがみ込んでよく眺めています。ふっと肩の力が力が抜けたり、ほっこりしたり、そんなことをささやかなエッセイにしてお届けできたら、と思っています。

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