「私も帰るから、よかったら一緒に車に乗って行く?」
年末、妹からそんなLINEが来た。
帰省のために駅へ向かう、一時間前だった。
ちょうどいい、と、そのときは思った。
前に会ったのは一年前。
時間がたてば、少しは関係も落ち着くだろう。
そう期待していた。
けれど、残念ながら、何も良くなってはいなかった。
妹の生活は、この一年で大きく変わっていた。
宗教に深く傾倒し、肉は食べない。
食事の選択肢は限られ、外食も難しい。
行動を共にすること自体が、ほとんどできない。
最近は、会話の端々に布教のような言葉が混じり、
このごろは、少しムキになって話してくるようにも感じた。
私と妹は、もともと価値観が違う。
私は早く結婚し、娘が生まれ、今は孫もいる。
妹は離婚し、まだ中学生の子どもを育てている。
人生の時間軸も、背負っているものも、まったく違う。
何かを言うたびに、私の言葉は「上から目線」「バカにしている」と受け取られる。
一年前に助言したことも、無駄だったどころか、
私を「変わった人」にしてしまったようだった。
だから今回は、「どう思う?」と聞かれても、本心では答えないようにしようと決めていた。
、、、そして今回、私は本当にそれを実行した。
弟の息子の生き方について、どう思うかと聞かれたとき、
「私には、よく分からないな」
そう答えて、それ以上は何も言わなかった。
妹は少し意外そうな顔をしたが、それ以上は追及してこなかった。
さらに、妹がこの間から勤め始めた職場について、
「もう辞めたい」と言い出したときも、私は黙って聞いていた。
「そうなんだ、大変だね」
ただ、それだけを返した。
反対したい気持ちは、正直あった。
「せっかく始めたのに」
「もう少し頑張ってみたら」
そんな言葉が、喉元まで出かかった。
けれど、飲み込んだ。
弟は、「食生活のせいだ」の一点張りだった。
妹の悪口は決して言わない。
すべてを食生活の問題にして、
「だから、そうなるんや」と私に説明する。
その弟の姿を見ながら、私は気づいた。
彼は、正しさを主張していない。
ただ、距離を保っているのだ。
帰り際、妹が言った。
「今日は、話しやすかったわ」
その言葉が、胸に沁みた。
姉妹でも、兄弟でも、家族であっても、分からないものは、分からない。
けれど、分からないからこそ、黙ることができる。
正しさを手放すことができる。
この正月で得たのは、立派な答えではない。
ただ一つ、分かっていたことを、今回は実行できた。
という、小さな達成感だった。
次に会うとき、私はまた黙っていようと思う。
正しさを手放し、距離を選ぶために。
それが、いまの私にできる、精一杯の関わり方である。